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かつて下町ばかりをスケッチして歩いたことがあった。たしか、たたずまいのなかにひそむ「街の記憶」とか「時間の堆積」、そんなものを探してではなかったか。
漠然とした期待で路地の奥に踏み込んでみる。何も見つからなければ、迷路のようなその入り口まで戻ってみたりもした。向きをかえると、そこには探していた景色がひらけていたことも。
行き止りと思えたその奥に、もうひとつの入り口。そういう場所に限って、この季節なら秋刀魚を焼くような匂いが漂っていたものだ。活きた時間が見えるような気がした。
あの場所は様変りしてしまったのだろうか。「記憶」を「記録」に置き換えてみたいと、そんなことを思ったりするのも、わたしひとりではないだろう。
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