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しゃこ、しゃことサンド・ペーパーで磨き続けて二日間。小さなパネルに布を貼って、その上に塗った白の下地剤もピカピカになりました。こんなことまでして絵を描くのですから“おえかき”も楽じゃありません。 えっ? 紙でもキャンバスでもいいじゃないか……とね。おっしゃる通りです。でも、気合いを入れるにはこれくらいしないとダメなんです。 青いレモンの絵を描いたのは一年前のことでした。現在のスタイルで生モノを扱ったことがなくてちょっと不安。なにしろ極細の筆で色を着けていくのです。その塗り重ねにしても何十回となく繰り返すわけでして……青い果実はいつまで原形をとどめてくれるのやら、白いパネルの前で考え込んでしまいました。 写真に撮ってそれをネタに描くというやり方があります。時間の都合とか、必要に応じてわたしもやるわけですが、今回はタブローなのでそれはなし。まず器のカゴをスケッチ。それからイキのいいレモンを買って来てカゴに盛り、急いで下絵を作り彩色。そういう手順にしました。一カ月半ほどで絵は終了。でも、完成じゃないんです。黄色くしなびたレモンの上には小さな虫まで這い回る始末。これでは続けられません。ふと、思いました。メレンデスはどんなふうにして描いたのだろうと。 ルイス・メレンデス。十八世紀のスペインで、王室のための静物画を描いた画家です。たしかスペイン近代の静物画を並べた展覧会場だったと思いますが、その作品を間近で見たことがあります。果物を描いたものが二枚に、『鯛とオレンジ』の絵が一枚。どれも迫真の細密描写でした。深い思想めいたものは見つけにくいけれど、思わせぶりなところもなくて、そのあたりがかえって安心。「どうだ、これで充分だろ?」みたいなスゴみが漂う画面 です。 絵のなかから迫ってくる“ホントらしさ”を後押しするものがあります。信仰だとか、あるいは何かしらの権威がその役目を果たす時代がありました。でも、メレンデスのようにひたすら人の眼の愉しみを追いかける場合には少し違うようです。精神的な部分は胸の奥に秘めながら、ひたすらクールな目線で対象と向き合う。作品のデキはその眼に映るものに頼むほかはありません。ひょっとして刺身でもいけるかな?くらいの『鯛』も、実際には涙ぐましい“にらめっこ”の産物というわけでした。 メレンデスが生モノをどう扱ったのかは想像するだけです。すでにこの時代にはカメラ・オブスクラというピンホール・カメラに似た道具があって、画家によってはこれを使ってモデルの輪郭を写したりもしていました。ですから彼もそうしたのかも。ただし、これで節約できる時間は知れています。おそらくモチーフはこまめに新鮮なものと交換したのでしょうが、その先の苦労は見当もつきません。とりあえずは、絵が匂いを写すものでなくて幸いでした。 気になるついでにもうひとつだけ。サルバドール・ダリの絵です。この画家の作品には、なぜか「パン」がしばしば登場します。 ご本人はその理由を例の難解な言葉で説明したりもしますが、ダリ先生、ホンネの一部を隠していらっしゃるような気がするんです。だってパンは腐らないし、せいぜい乾燥して硬くなるくらいですよね。メレンデスの時代からすると、およそ二世紀後のことです。同じくスペインを代表するこの先生はきっと“現代人”していたのです。その絵のように“ドライ”なお方だったのではないでしょうか。 |
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2001.03.27 (c)
Mitsuru Iwasaki
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