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電話の呼び出し音が鳴ります。受話器を取ると、マンションを売らないかとか買わないかとか‥‥。近くに新しい駅ができるようで、そういう電話の多い時期がありました。断って受話器を置くと、五分後にもまた同じ電話。そしてその翌日も。本気で相手をしているとせっかく混ぜ合わせた絵具も固まってしまいますので、以後は留守電で応対することにしました。 こんなふうにして描く時間が寸断されるのが困るんです。わたしの使っている絵具はアクリル絵具といいまして、これが乾燥のスピードがやけに速い。どれくらい速いかというと、ちよっとトイレに立ったりして戻るころにはもう固まっている。基本的には水で溶く絵具だというのに、乾燥後はその水にも溶けなくて、やり直しも面倒です。一方、これが乾燥に時間のかかる油絵具なんかですと、半日後に再挑戦してもセーフでしょう。手が止まるというのは、それだけでは済まない場合があるわけですね。 アクリル絵具については、その乾燥の速さが気に入っているところもあるわけですから、イライラはしません。絵具を使うこちらのやり方を変えればいいわけです。 具代的にはこんなふうにします。たとえば画面に肌色を塗りたいとする。白と茶色の絵具を混ぜて肌色を作り、一度にそれをベタっと塗ります。これは一般的です。でも一方には、まず最初に白だけを塗って乾かし、その次にごく薄く溶いた茶色を重ねて塗るという方法もありまして、わたしのはどちらかといえばこちら。仕上がった肌色は見た目の印象も違いますが、その良し悪しではなくて、技法が生んだ違いということですね。微妙な変化が欲しければ、さらに塗りの段階を細かく分けていきます。工程を分けることで手間は増えるわけですが、これで個々の作業にかかる時間は短縮できるというわけ。 こういうことはきっと他の分野でもあるでしょう。木を彫る人と石を刻む人では作業の工程も、それにかかる時間も違うといったふうに。ものをつくることには、その根底にある表現意欲とは別の方面と関係するところがあります。たぶん芸術というのはハートの問題が半分。そして残りは現実的で具体的な事柄なんですね。テクニックということにしても、本当は決してうまく仕上げることじゃない。自分の相手をしてくれる素材と折り合いをつけるための効率の良い方法のことだろうと思うんです。それだからこそ、そこに独特の“間(ま)”というものが発生するのではないでしょうか。 ところで、時間の感覚は人それぞれで違うような気がします。実際に「時の経つのがはやい」と感じるのはよくあることですし、他人の感覚とのあいだにはもっと大きな開きがあるかもしれません。 画家ゴッホの芸術家としての活動は十年間という短いものでした。しかも、いわゆるゴッホらしい描き方で描くのは、そのうちの数年です。それなのに驚くほどたくさんの作品がある。故国オランダを出てパリで暮らした二年間には二百枚以上の油絵を描きました。かなりの速さで制作しています。パリから南仏アルルに移って、『ひまわり』や『跳ね橋』を描いた時期は一年二か月ほどでしたが、ここでも二百枚近くの油絵を残しています。こうなると二日に一枚くらいのペースでしょうか。そのほかに習作やデッサンとかもしていたでしようから、猛烈なスピードですね。 おそらくこの頃のゴッホのなかには、ものすごく速い時間が流れていたのだと思います。内側から込み上げてくるものの量と速度が半端なものではなかったのでしょう。どんな色を置くのか、どんな形に仕上げていくかの判断、決断が速かったはずです。そして、気力や体力もその速度についていけたということですね。それにしても皮肉なことに、ゴッホが愛用した油絵具という材料――これは練り込まれた油分が空気と触れ、酸化重合という化学反応を起こして固まる絵具です──の乾燥の速度はたいへんゆっくりとしたものです。乾燥の手助けをする混ぜ物もしていたでしょうが、画家の苦労が偲ばれます。 作品を見る限り、ゴッホの絵具の扱い方は極端に変わっていくことはなかったようです。オランダ時代の暗い色調の作品も、パリで印象派の作品と色彩理論にふれた後の明るい色彩のものにしても、どちらかといえば、こってりとした絵具をキャンバスにのせるようにして描いています。描きかけて放り投げたらしい作品を見ると、それも早い段階から充分に絵具をつけていくようなやり方だったようです。 油絵具の常識からすると、こういう描き方で短時間に仕上げるのは面倒な作業です。一日や二日で描くのなら、どうやっても最初に置いた生乾きの絵具の上に描きすすめなくてはなりません。これは、大げさにいうと生クリームの生地の上にもう一度それで描くようなものでして、絵具の盛り上がった部分を押せば、生焼けのお好み焼きのように中味も出てきます。色を濁らせずに描き加えたり、あるいは、その逆に下の色と混ぜ合わせて効果を出すのもけっこう難しいものです。絵によっては、何日か置いて加筆したように見えるものもありますが、いずれにせよ「炎の人」も、実際には慎重かつ丁寧に仕事をしていたのでしょう。 厚塗りの絵具に加えてもうひとつ。ゴッホのスタイルを特徴づけているのは、あの力強い線状のタッチということになると思います。タッチについていえば、葦ペンとインクを使って線の向きや勢いを考えたデッサンをいくつも残しています。油絵として作品化する際には、あらかじめ下塗りをしたキャンバスを使い、その地色を残しながら線状の筆致を重ねていくような工夫をすることもありました。なるほど、こうすれば面倒な絵具の重なりも最小限で済みます。 ゴッホの手法には印象派・新印象派からの影響が認められます。印象派に応用された視覚混合の理論と筆触分割の方法の成果として、点描や細長いタッチの表現がゴッホ以前からすでにあったわけですが、彼はその方法をあの溶けたチーズのような絵具のための描画技術として拝借していたともいえるのではないでしようか。 ゴッホの個性的な表現を彼の情熱的な性格や、場合によっては“心の病”と結び付けて説明することもあるようです。残された膨大な数の書簡については、多くの人が評論を書き、語っています。わたしなどが申し上げることは何もないのですが、とにかく描くことは目と脳、そして手との共同作業でもあります。少々強引に見える絵具の使い方にも画家の細やかな工夫があったのではないかと思うのです。 美術作品がもつ味わいのなかには、ちょっと見にはわかりにくいものが混じっています。作者がその場で費やした時間や思考の痕跡のようなものでしょうか。それが見ることをより豊かにしてくれるのかもしれません。なにか「隠し味」とでもいいたくなりますね。 |
| 2002.05.01 (c) Mitsuru Iwasaki |