葦簀の影が斜めに伸びて、打ち水をした表通りに軽やかな下駄の音が響く。いやあ、「下町」ってほんとうにいいものです‥‥なんていうのは作り話でして、こういうイメージは映像や遠い記憶のなかだけのようです。

ヒートアイランド現象というやつでしょうけれど、窓を開けても流れ込むのは熱気だけ。知り合いのテキヤのおじさんがくれた江戸風鈴だって音もなく揺れるばかりです。そういうわけでこの季節、エアコンの室外機は二十四時間フル稼動。“地球にやさしい”生活なんて、とてもできそうにありません。

たとえば、この浅草あたりで天然の涼しさを求めるなら、およその状況は決っています。時間は早朝。できればどこかの小さなお寺の前に佇んで、じっと奥の方を眺め続ける。すると、誰か出てきて門前の掃除を始める。そういう時間帯。そこにたまたま通りかかる御老人がいて散歩の足を止め、ちょっと合掌などしてから通り過ぎていく。かすかに風は吹いている‥‥。大気のなかにほんとうの涼しさが立ち込めるのはこういう瞬間くらいのものではないでしょうか。

あるいは、べつにお寺でなくてもいいかもしれません。多少の温度差と解き放たれているという感覚さえあれば、お宅の庭とか、もしかして、キッチンの隅でもまだ可能性は残されている。そう思って、なんとか実現してみたいものです。

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浮世絵の大きな画集をめくっていると北斎のページがありました。森羅万象をその筆一本で描き尽そうと挑んだ、一流といわれた絵師たちの、さらにそのまた上をいくこの画人の残した仕事が載っています。「ベロ藍」と呼ばれる舶来品の青色絵具を選んで摺り上げた錦絵には独特の清涼感が溢れて、北斎の描く水と空気の透明度は夏こそ本領発揮。江戸の町衆はまこと幸せ者でした。

桁外れの多作で知られる北斎の仕事には隠れた名作・逸品がたくさんあります。そのひとつ(であると、わたしは思っているのですが)に他の色味のすべてを排して青のトーンだけで仕上げた藍摺りの揃物(シリーズ、セット)があります。画題はさまざま。『朝顔に雀』や『波に千鳥』といった夏向きのものから、山水図、そして中国の孝行者の話「孟宗」に取材した寒中の筍の場面までといった具合です。シリーズの全貌は定かではありませんが、絵師としての北斎のひとつのピーク、『冨嶽三十六景』を制作したのと同じ頃、七十代前半の作品です。写実をベースにした清新なかたちが、涼感を誘い出す青の諧調に浮かび上がります。

その一枚、『朝顔に雀』には一輪の朝顔を下にして宙で絡み合う三羽の雀が描かれています。喧嘩でもしているのか、噛み合った三羽がひと固まりで浮揚するのが不思議な画面。鳥の生態に詳しくないのですが、こうした場面が絵になっているところをみると江戸の雀は相当元気がよかったようです。この固まりはもつれ合ってそのまま落下するのか、それとも墜落寸前で再び空に舞い戻るのか‥‥。次の瞬間が気になります。ある夏の日の始まりの、取り立ててどうということのないひとときに、絵師の動態視力がささやかなドラマを見つけていたのです。

「北斎の花鳥画は品格について劣るところがある。」江戸の町にはそう評する人もいたそうです。それはその通りかもしれません。美しいものをさらに理想化して画面に定着する、というタイプの絵師ではなかったのです。誰もが経験しているはずの視覚的な出来事のなかから、最も斬新で印象に残る一瞬だけを抽出して再生すること――この瞬間は見た覚えがあるとか、この感じは分るとかいった、皆に共通のヴィジョンのなかの極め付けをつくるのが北斎の重要なテーマのひとつだったように思います。『北斎漫画』に登場する人物の滑稽な姿態が支持されたのもそういうことでしょう。あの『冨嶽三十六景』のシリーズにでさえ、単なる名所図絵としての外観だけでなく、人々が霊峰に求めたさまざまな異体のイメージをうっすらと重ねて描きます。刹那のなかに普遍性を求めた、とでもいえばいいのでしょうか。

『朝顔に雀』では、誰も描いたことのないような雀の奇態を青色のトーンがほどよく押さえ、小さな画面から心地よい冷気が押し寄せてきます。狙った瞬間は決して外さないという絵師の凄さもあるでしょうが、それ以上に、色彩心理学という概念などなかった時代の「直観」が冴えわたっています。

そこに何かが漂うから涼感が増すのでしょう。その何かとは、もちろん深遠な哲学などではなく、もっと平明で、しかしこちらの精神と呼応する何かであるだろうと思います。涼しさとは単に気温の問題だけではない、ということをすべての人が了解していた。そして、その人々を思い遣る空気というものが絵師や版元のまわりにも満ちていた。だからこそ成立する「風通しの良さ」ではないでしょうか。青い色で描いたから涼しげなのではない、その何かに似合うのがたまたま青であった。北斎の青の諧調をそうしたものとしてとらえたいのです。

たとえかたちに表されたり、記録されることがなくても、“確かにそこに存在した”と思えるものがあります。それは名もない大勢の手で蓄えられてきた知恵や経験、想い、そして祈りといった種類ものかもしれません。数値や物量に置き換えられなくても、間違いなくそれは存在しました。そして、運良くいくつかは今日に伝承されたとしても、それがすべてというわけではない。おそらく、この大気中、わたしたちが意識することなく吸い込む空気にもわずかながら溶け込んでいる。少なくともそうした想像をめぐらせないことには受け取ることのできない「気配」というのがありそうです。かつて存在していたものは、いまもどこかに存在しているはずなのです。

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この炎天下にもかかわらず大勢の人で賑わう浅草寺の境内を歩いてみました。ふと、以前この場所で聞いた短い言葉を思い出します。

「ここに、これだけの人が集まるのには理由があるんだよ。」

都内の公園を回っては鳩にエサを与え続ける“名物おじさん”の独り言でした。底知れぬ凄みを感じさせるこの言葉が忘れられません。その言葉の続きのなかに、生きづらいこの世を爽やかに過ごすヒントが隠されていたかもしれないというのに、惜しいことをしました。「理由」とやらを聞かずに通り過ぎてしまったのです。ここだけの話ですが、けっこう後悔していたりして。

2002.08.18  (c) Mitsuru Iwasaki

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