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ネタ切れか、それとも何か狙いでもあるのでしょうか。ものの作り手が自分で自分のマネをするなんてこともあるようです。そんなあたりを。
横谷宗 (よこや そうみん)は江戸の人。職業は金工、つまり彫金工芸家。刀剣の付属の小物をつくる名人だったそうです。物語や逸話が今に伝えられているくらいですから、よほどの方に違いありません。
この宗 の仕事を初めて見たのはもう二十年近くも前のことで、一輪の牡丹を彫り込んだ小柄(こづか)の名品でした。小柄というのは雑用目的の片刃のナイフのことですが、武士はこれを刀の鞘につけて持ち歩いていたんです。その手元の握りの部分で勝負する彫り物師のワザには圧倒されました。それで、わたしはすっかり宗 先生のファンになってしまったというわけ。
今夜のお題はその宗 作『馬図小柄』。向き合う二頭の馬を、幅1.4センチの縦位置に高彫りして逸品の風情。上野の東京国立博物館の収蔵品です。常設展示で何度も見ていますから、わたしはこの作品をよく知っているつもりでした。ところがこれと似た不思議なものがあるのです。図書館で借りてきた美術系雑誌のなかで発見してしまいました。古い本ですが、定評のあるシリーズの一冊です。
その本では宗 作『二匹馬図小柄』となっていて、呼び名はすこし違うものの、図柄はまったく同じ。最初は博物館のものかと思いました。でも、どこか違うんです。眼の記憶をたどってしばらく考えたけれど、どうしても思い出せない。悔しいのですが手持ちの資料で確認してみてビックリ。図柄の左右が逆でした。なんと宗 は図柄を裏返しにしてつくっていたのです。
二つの小柄を比較するとわずかな差もあります。たとえば、図柄を置く位置や製作時期の違いを思わせるような彫りの変化など。輪郭線のほとんどの部分は一致しますので、同じ下絵を反転させて使っている可能性があります。
ちょっとがっかりでした。幕府お抱えの下級工からたたきあげた横谷派、その総大将の仕事なのです。「家彫」と呼ばれ公用を務めた金工たちの向こうを張って、「町彫」を創始したとかいうあの大宗 がなんだか安易な仕事をしているのです。でも、なぜでしょう。
名人だから同じものはつくらない、なんてのは現実的じゃありません。宗 もまたひとりの職人。頼まれればつくったことでしょう。それどころか、同じ注文主の意向で反転したのをつくるとか、左右相称でひと組にしたとか、そういうことだってあったはずです。ただしそんな場合にも、ひと工夫して単調になるのを避けたりするのが「一流の造形」という印象があります。ですから図柄を裏返しにしただけというのが、どうしても腑に落ちないのです。これといった根拠はなく、ただ漠然とした疑問なのですが‥‥。
入館の手続きが面倒で、いかにも研究用施設のフンイキ。降りしきる雨のなかを二度も出かけてしまいました、国立博物館資料館。それでわかったことといえば、宗 作で同一図柄の『馬図小柄』は(1992年の時点で)四本の存在が確認されているということです。そして、これも重要なのですが、その四本のなかに図柄を反対向きにしたものはひとつもないということです。ちなみに、例の美術雑誌の刊行年は1989年。まさかとは思いつつも、ちょっとだけ予感はありました。
出版元の担当者の見解は、事実はおそらくわたしの指摘する通りで、再版される場合には検討して図版を直す用意があるということです。時々あるんですよね。写真の裏焼き。それにしても熱心な愛好家も多いはずの分野なのに、この件に関する問い合わせがひとつもないというのはどういうわけでしょうか。わたしにも、これ以上追求する気力はありませんでしたけど‥‥。
やはり名人を疑ったりした報いでしょうか。幻の宗 を追いかけてみたら、気抜けするようなオチが待っていました。おかげで日本美術史上の珍発見はしなくて済みましたが、どういうわけか今でもめまいがするんです。
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