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美術品に限りませんが、わたしはモノを眺めているのが大好きでして。手作りで、しかも古ければ古いほどいいんです。上野の東京国立博物館に通い始めたのは学生の頃でした。通うといっても年に一、ニ度くらいですけど、それでも合計するとかなりの回数になると思います。 博物館で開催されているのは大規模な特別展ばかりではありません。その陰に隠れて、というわけではないのですが同時に平常陳列も行われているのです。海外からのお客さんなど、むしろそちらを目当てに訪れる方も多いのだそうで、それだけなら安い料金で気軽に楽しめます。でも、安いからといって、決して失望させたりはしません。いいものばかりが並んでいるのですから、骨董市で腕組みをしながら値踏みをするような、そんな心配もいらないんです。
鳩の群れる上野公園の中央から噴水越しに見えるのが国立博物館。四つの展示館のなかのわたしのお気に入り、本館は正面中央にそびえています。巨大な西洋風の建物に日本のお城のような屋根が載ったのを「帝冠様式」と呼ぶそうで、昭和13年に建てられたこちらは今年(2001年)重要文化財に指定されました。容れものからしてすでにお宝なんですね。 地上ニ階、地下二階。この本館で公開されているのは地上部分の展示スペースだけです。天井の高い、回廊のようになった展示室をぐるっとまわって元に戻り、ニ階に上がってもうひとまわり。車だとか換気扇のような人工の音ばかりの場所で暮らしておりますと、音のしない空間というのは本当に気持ちがなごみます。 展示室に囲まれた内側にも部屋らしきものがあるようでして、そこからも音は聞こえてきません。窓のない壁面で遮断された向こう側はどうなっているのか。これは長年の謎でした。気になるのでそこで学芸員をしている友人に聞いてみましたら、廊下と部屋、それに収蔵庫などもあるのだそうです。でも、これは予想の通り。驚いたことにはさらにその奥があるのです。展示室と施設で二重に包まれたその内側は、なんと「中庭」なのだそうです。暗い洞窟をたどってようやく出口に着いたような開放感。よく考えれば納得でした。いつも人目にさらされている博物館なわけでして、職員の方たちもどこかで太陽光線を浴びているはずなのです。 本館の展示ではこの国の文化財を各分野にわたって見ることができます。飛鳥の愛らしい小仏から奥女中のお召し物、はたまた日本近代絵画黎明期を代表する巨匠の作品までといった感じで、まさに時代の缶詰め。膨大な数の収蔵品から選び抜かれたものには重要文化財なども混じりますが、ことさらその存在を主張するふうはありません。こちらにしても何かを吸収してやろうなんてリキむ必要もないんです。 美術工芸品というのは作り手の意図を反映した芸術表現ですけど、同時に、ただのモノでもあります。ただのというより、いつもわたしたち人間と一緒にいるということをふまえた親密な存在とでもいうのでしようか。こういうものに囲まれているとそれが過ごしてきた時間や作り手の息吹に直接触れているような気分になれるのです。見えるものに触発されて、わたしそのものが共振し始めるような感覚。これはたまりません。 モノたちは気が遠くなるほどの長い時間をかけて吸い込んだ香りをゆっくりと吐き出し続けているようですね。館内の空調はコントロールされているのに、かすかな香りがいつも漂います。「防虫剤の匂いも混じっているよ。」なんて専門家はいたってクールでしたが、香や香料、それと人間の皮膚の匂い。この香りには独特の沈静効果があるのでしょう。
静かな機械音で目がさめました。目の前にあるのは靄に浮かびあがる数本の松。やわらかな水墨の筆跡を眼でなぞりながら絵の前のソファーで眠り込んでしまったようです。六曲一双の大屏風、長谷川等伯筆、国宝『松林図屏風』。常設展示には名品のなかの名品が「目玉」として加えられることがあるのです。警備の方も静かに眠る若者には気づかなかったようでした。 古い記憶で細部まで再現できませんが、残り二メートルほどになったシャッターの光の射す方に向かってスローモーションで走り出すわたしが見えてきます。現実には、かなり滑稽な絵柄であったに違いありません。 |
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