東京国立博物館 「レオナルド・ダ・ヴィンチ―天才の実像」会場

12 【 変化してきたのか、美術展 ?(2)】   2007/08/01(水)

〜「大回顧展 モネ」「レオナルド・ダ・ヴィンチ―天才の実像」を観て

 

「レオナルド・ダ・ヴィンチ―天才の実像」を観たのが5月末なので2カ月が経過しました。会期もすでに終了して、レオナルドの初期の傑作《受胎告知》に接した感動も少しずつ薄れてきているわけですが、かわりに美術展の全体的な印象みたいなものが浮び上がってきています。

展覧会に通い始めて三十数年になりますけど、やはり良くも悪くも“慣れっこ”になってくるわけですね。一つの作品に惹き付けられてその場を離れられなくなる、なんてこともあまりなくなってきて……。でも面白かったとか楽しかったという記憶は残る。だからその美術展の全体像だけは、たしかに観て、感じているのかもしれません。

その場所にいたことが快適であったのかどうか。とりあえず、そのあたりが重要ですね。展示作品の質や会場の雰囲気みたいなもの、それと入場料金も含めたすべてが自分に「快」と映ったのかどうか。

美術展の内容そのものは常に一定以上のレベルのものが提供される時代になったと思うんですよ。日本の展覧会史に詳しいわけではありませんけど、何十年かの蓄積があるわけですよね。研究者や企画者は常に最新の成果を踏まえた地点からスタートできるわけですし、開催にかかわる資金面でも充実してきたでしょう。その意味で不満を感じることは少なくなりました。

それでも「相変わらずだなあ」と思うのは展示会場の環境。とくに集客力のある、人気のある美術展での混雑ぶりやその対応については「もう勘弁してよ〜〜!!!」の状態が続いていますからね。

実際の話、他人様の頭越しにしか作品を観ることができないとか、耳元に吹きかけられた誰かの吐息を気にしながら……なんていうのは、ハッキリ言って芸術鑑賞のための環境とは呼べないでしょう。入場料を払っているにもかかわらず満足な視野が保証されていない現状は、例えば観劇やスポーツ観戦といった分野では考えられないことですよね。

では対応策はどうなっているのだろう、と考えてみて思い出すのは、来場者を滞留させながら少しずつ入れていく、いわゆる「入場規制」でしょうか。あのトコロテンの押し出しみたいなシステムにしても――個人的に何度も経験していますが――「他人の頭越し」も耳元の「はぁ〜っ」も全く同じですからね(笑)。これは会場内での事故等防止が本来の目的ということでOKでしょうか?

展覧会が盛況なのは結構なことです。その成功が次の美術展の開催を約束してくれるわけですから。それと、原則「立ち見」の会場内で、鑑賞者が各自の意志で移動する方式のなかに難しい点があるのもわかります。でも誰のための美術展であるかを考えれば、これ以上は先送りにできない問題ではないでしょうか。

(お断りしておきますが、この話題は「一般論」でして、今回の「レオナルド・ダ・ヴィンチ―天才の実像」について言っているわけではありません。個人的にはすこぶる快適な状況で鑑賞できた展覧会でしたので。)


(「見本」の文字を入れさせて頂きました)

前口上が長くなりましたけど、この展覧会の会場には、東京国立博物館の年間パスポートというのを使って入りました。

簡単に説明しますと、発行日から一年間に限り平常展なら何度でも、特別展については最大6種類(各展とも1回まで)入場できるというサービスで、国立博物館が来館者を対象に実施しています。代価は4000円(一般)。

こういうシステムは嬉しいですよね。1回あたりの入場料が割安になるのもそうですけど、何よりも当日券を求めて正門外の券売所に並ぶ必要がありません。小さなことのようですが、美術鑑賞にまつわる不要なストレスを回避できるのがどれほどありがたいことか!!!

美術鑑賞が本来の意図に反して、ときには身体的・精神的ストレスをともなう場合があることを考えると、その防衛策として事前に入場券を確保しておくのもいいかもしれませんね。前売り券が購入できればそれもいいですし、ネットオークションなどでも入手できます。

まあ、オークションについては、本来無償で発行された招待券を買う場合が多くなるわけで、そうした売買のあり方に抵抗をもつ方もいらっしゃるとは思います。それと個人間の取り引きなので契約履行についての不安や自己責任までがあります。しかし、美術展を楽しむためのツールのひとつとして現実に存在していることはたしかですよね。

べつにヨイショするわけではありませんけど、国立博物館が来場者向けに提供しているサービスは、こうした現実にある程度まで対応(対抗?)できている例かもしれません。招待券売買の是非を問うよりも、はたして美術展を主催する側がそれと同等以上のサービスを提供できているのかどうかを考えてみるほうが建設的ではないのかと……。

 

そんなわけで、先にも書きましたように実際の展覧会はとても快適な気分で観ることができました。こちらとしてもある程度の混雑を予想しながら、あえて“雨の降る平日の午前”を選んで出掛けるみたいな自衛策は講じましたけどね。

ときどき感じることですけど、適度な観客数はかえってこちらの集中を高めてくれるようです。複数の真摯な眼差しが交錯するスペースに、作品と自分たちが共存しているんだという意識は“静かな悦び”とでもいうしかないものです。他の場所ではなかなか味わうことができない気がします。

……とはいいつつも、さすがに今回のハイライト、レオナルドの《受胎告知》の前では「立ち止まらずにご鑑賞ください」と連呼する声が聞こえていました。やはり平日でもそうした状況が出現するのかもしれません。でも、あたりを見回してみてもそれほどの入場者数とは思えず、皆さんが立ち止まって鑑賞されていました。わたしも負けずに20分ほど。

今回の展覧会は、貴重なレオナルドのオリジナル作品の展示、そして模型やデジタル画像等を駆使して画家の“脳内世界”を紹介するというふうに、大きく分けて二つのパートから構成されていました。実際にはもっと細かく章立てされていましたけど、それぞれの会場として本館と平成館が使用されていましたので、入館者の多くは“二つのパートを見る”という印象をもたれたのではないでしょうか。

展示を二か所に分けたのは主に「警備上の理由」だそうです。もしかして、これには会場の混雑を緩和しようという積極的な意図までが含まれていたかもしれません。

わたしは本館の《受胎告知》を観てから平成館に移動するするのに館内を通りました。途中の通路沿いには大きなスクリーンがあって、この展覧会のために用意されたデジタル映像が上映されていました。二つの会場を行き来する人たちも、この場所を使って“休憩しながらお勉強”の感じがありましたね。やはり広々とした空間を保有する施設の圧倒的なメリットを実感します。

 

《受胎告知》の部分図(カタログ)

レオナルドの実作と脳内世界を対比させる展覧会のつくりも新鮮なものでした。

この美術展はもともとイタリアで開催された企画展を日本での開催用にアレンジしたものだそうです。純国産の美術展というわけではないようですが、国立博物館のスペースを大胆に活用した展示は、やはり別個の美術展になっていると感じます。

「施設や環境が変れば見えてくるものも変る」というのが美術展について個人的に確信するところです。その角度からみて、この展覧会の会場構成には展示内容と会場のつくりをシンクロさせながら、その対比を一層際立てようという狙いがあったのではないのかと。それもこれも、レオナルドの傑作を展示の筆頭に据えることができたからであることは言うまでもないでしょう。

そもそも芸術なんてものは、「自然」などと違って人の作為、つまり「脳内世界」の産物でしょうからね。それを理解・鑑賞するには実際の作品と観念の世界の両方を紹介するのが最良の方法ではないかと考えています。

従来であれば、その「脳内世界」を説明する役割を果たしていたのがカタログ(図録)でしたよね。でも、会場内でカタログ片手に鑑賞するなんてことはないわけですし、実際の模型やデジタル画像に接した方が何倍も速く伝わるわけです。

又聞きですけど「むしろ第二会場の“脳内世界”の方が面白かった」という人までがいます。それはおそらく「わかりやすく、親しみやすい」ということではなかったのかと。オリジナル作品の深遠な部分とダイレクトな説得力もつ模型・画像の両者を“合わせ鏡”のように併置したユニークな展示構成だからこそ、あらためてクローズアップされた“面白さ”ではないでしょうか。

「レオナルド・ダ・ヴィンチ―天才の実像」については、博物館発行のメールマガジンに毎回掲載されていた関連情報を読んでいました。公式サイトとの連携も緊密で、各種情報がゆきわたっていた印象もあります。展示内容ばかりでなく、そうした諸々を含めてこの美術展の全体を眺めてみたとき、易々と実現できた完成度の高さだとは思えません。主催者グループの意欲と関係者の熱意を想像してみたりしました。

 

美術展はエンターテインメントのひとつである、と言い切ってしまっていいものかどうか、そのあたりまではちょっとわからないのです。でも、この時代の鑑賞者が、同時にまた“成熟しきった消費者”であることはたしかでしょう。そのお客さんたちの要求に、はたして美術展は応えられているのか。「美術展が変化したかどうか」の背後には、「美術館」そのものは変化してきたのか、という問いが横たわっているような気がします。

 

 

そういえば、美術展の図録について書いたことがありませんでした。ということで、次回のタイトルは「カタログ夜話」! とりあえず題名だけは決めてみました(笑)。


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