13 【 カタログ夜話 (1)】   2007/08/31(金)

 

美術展のカタログについて書いてみようと思って少し引っぱり出してみたんですよ。とにかくかさばって重いし、ホコリもたっぷりとかぶっていますからね。写真撮影はこれくらいで雰囲気もでるかなと。

マニアではないので、いつも図録を買っているわけではありません。買わないどころか、期待外れの内容だったりしたら「入場料を返してよ!」なんて言いたくなりますから。やっぱり展覧会の中味によりますよね。

気に入れば少々高価なものでもカタログは買いますし、そういうスタンスでやっているだけでも長いあいだにはけっこうな分量がたまります。ひとつの作品を思い出すにしてもこの本の山をかき分けなくてはならないわけで、道楽(?)とはいえ、大変なものを背負い込んでしまった気がしています。

 

 厚さ43ミリ

近年ではカタログにも大型で分厚いものが増えてきましたね。図版のほかにも解説や各種資料を充実させようとすると、ある程度のページ数、例えば300ページ以上が必要になることも珍しくないでしょう。

でもそうなると「図録」という言葉のもつ軽やかな響きはどこかに消えて、どちらかといえば重厚な「図書」の感じがつよくなってきます。

まあ、もともと図書には違いなく、充実しているに越したことはないですけど、現実には、あきらかに運ぶのが面倒だと感じるような重量やサイズのものまでが存在するんですね。正直なところ、刊行する側の意図が見えてこない、っていう場合があるんですけど。

重量感イコール豪華さ、といえばそういうことにもなりそうで、そのあたりが狙いかと推測します。でも、買う側としては「そこまでする必要があるの?」ですよね。

もしかして“カタログの見た目で展覧会のイメージアップを!”みたいな感じがあるのでしょうか? ハードカバーをソフトカバーに、本文用紙をわずかに薄いものに替えるなどして軽量化を目指すような選択はなかったのか……。それでも本としての強度は充分に保てるわけですし、コストも安定。もちろん内容的にも遜色のないカタログがつくれると思うんですけどね。

ほとんどの人が同じでしょうけど、わたし自身も美術展の思い出のためにカタログを買っています。図録は、あの展覧会のことをもう一度思い出したいときに眺める「画集」なんですよ。

期間限定でしかも一回限りの美術展を呼び起こすための、ほとんど唯一のツールであるということ。だからこそ、より多くの人に行き渡るべきものではないでしょうか。(正論すぎますか?)

本には、読む、見る、という目的のほかに、一種のオブジェとして眺める、愛でるための対象物、という側面があります。いわゆるフェティッシュですね。でもカタログは何よりもまず展覧会の正確な記録を届ける媒体です。その軸がぶれない範囲でのデザインなり仕様で、と思うんですけどね……。

 

まあ、たぶん現在のカタログの在り方そのものに根本的な問題というか矛盾があるのだと思います。内容も含めてですけど、簡単に言ってしまうと、誰のためのカタログなのか、誰に向けてつくられた図録なのか、ということです。

製作者はこのことに気がついていますね。そして読者(鑑賞者)も同じく。残念ながら、大切な思い出の作品が“人質”にとられている限り、読者としてはこれを買うしかないというのが現状でしょうか。

悲観的なことばかり言ってもいられません。近ごろは「健闘しているなぁ」と感じるカタログも増えています。そういうことを含めて書いていこうかと。

 

「エドワルド・ムンク展」カタログ(1970年)

ところで、本棚の奥から古いカタログがでてきました。1970年に神奈川県立近代美術館で開催された「エドワルド・ムンク展」のものです。当時としては大きめでしょうか、24×26センチほどのサイズで、総191ページ。内容は充実しています。

初めて美術展を観たのは、たぶん1969年のことで、正式名称は忘れましたが、ルーベンスとヤン・ファン・アイクの作品を並べたものでした。(模写作品が多かったですけど。)

それからの高校3年間で「ドラクロワ展」「ウジェーヌ・カリエール展」「ムンク展」あたりを見たことまでは確実に記憶しています。カタログはすべて買いました。でも現存するのは「ムンク展」の一冊だけ。

このよれよれの一冊を見て思い出したことがありました。現在ではとても考えられられませんけど、当時の図録はとにかく製本が悪くて、買ってしばらくするとバラバラに分解してしまうことがあったんですね。

貴重な画集なので大切にしながら、しかし毎日のように開いては眺めていました。するとある日突然、一枚のページが“はらり”と抜け落ちるわけです。そうなるともう止まりません。ページをめくるごとに一枚、また一枚と取れていって、数日後には本の形状を保てなくなるんです。

今から思うと、分解の原因は「平綴じ」という簡便な製本と当時の製本用接着剤のせいではなかったかということになります。でも、この製本方式だからこそ各ページを目一杯大きな角度で開くことができるというメリットもありました。散逸の責任は、むしろ頻繁に開閉をくり返していたこちら側にあるかのもしれません。

しかし、なぜムンク展のものだけが残っていたのでしょうか。答えは簡単でしたね。要するにこのカタログについてはあまり開けていないということでしょう。たしかに展覧会場で観る《叫び》や《思春期》の実物は凄いものです。……ではあるけれど、やはりあの頃の高校生にとってムンクの描く世界は重たすぎるんですよ。

当時は、ごく普通の感じで学校をサボっては美術展に出かけていました。けっこう「猛者」の感じもあったと思いますけど、こういう物証が出てきては言い訳できませんね。

それにしても、消えていったカタログたちのことを思うと少しばかりせつない気分になります。

 

古いカタログを取り出して眺めていると、つい解説まで読んでしまったりして。ぜ〜んぜん作文が進みません。


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