14 【 カタログ夜話 (2)】   2007/09/30(日)

 

上の写真ですけど、比較的近年に開催された日本美術の展覧会のカタログを何冊か並べてみました。個人的な関心が主に絵画にあるということで、やはりカタログについても絵画展のものが多くなりますね。

左上は、2000年に東京国立博物館で開催された「日本国宝展」の図録。前回ご覧いただいた写真にも入れてありました。そしてまたもやの登場です。何度も出てきてくどいですか? でも、いいんですよ。わたしにとっては大切な「宝物」なんですから。

 

わかっているようでいて、ホントのところはよくわからないのが「日本美術」ということになりそうです。この感じは、たぶん、皆さんがもたれているのではないかと思います。

あまりにも身近な感じがして、つい知っているような気分に浸りたくなります。自国の文化だし、今さら知らないとも言えないわけで、だから「伝統美」とかのテキトーな言葉で御茶を濁してみたりもする……まあ、これは自戒を込めて書いているわけですけど。

 「日本国宝展」カタログ(2000年)

そういう自分自身の身勝手な部分に気がついてから20年くらいは経ったころでしょうか、この日本国宝展が上野の国立博物館で開催されて見に行きました。

カタログの表紙に印刷されている作品(部分図)は智積院障壁画の《松に草花図》というもので、もちろん国宝です。この作品の前に立った時のショックは忘れられませんね。

全身の血液がすべて入れ替わって体温が一気に下がったような感覚、とでも言いたくなります。「俺は今までいったい何を見てきたんだよ。これこそ最良の日本美術じゃないか!」って、思わず本気モードに入ってしまいました。

かつて三島由紀夫は俵屋宗達の《舞楽図》を大絶賛しました。宗達作品のみならず日本美術の最高峰である、みたいな勢いまであったと思います。《舞楽図》は学生の頃に実物を見ていたので、まさに三島の言う通りだと思い続けていたんですよ、なんと20年以上も。

でも、この《松に草花図》を見た時に思いましたね。「もしかして、三島はこの作品を知らなかったのかも?」って。まあ、それほど凄い作品ということです。

《松に草花図》は桃山時代に制作されたもので、作者については長谷川等伯一派とまでは推測されているようです。でもそういうテキスト的なことは、この際どうでもいいんですね。金箔地に描かれた形象の切れ味の鋭さが目にしみます。自然観察の正確さに加え、その対極を目指すかのような抽象化への強い意志までがしっかりと見える――この画面がこちらを捕らえて離さないだけなんですから。

日本美術についての(自分なりの)蓄積は、この絵に出逢う以前からのものが少しくらいはあったでしょう。でもそれは実感を伴うことのない単なる知識に近いもので、ハッキリ言って“知ってるつもり”の脳内状態だったと思います。

脆弱な経験と感覚がこの作品にふれることで一気に濃度を上げたのか、あるいはどこかしら欠落していた回路の一部がつながったのかもしれません。この展覧会で初めて日本美術に目覚めたんですよ。

「目覚めた」だなんて言い切る根拠には、以後、わたし自身がおおきく変化したというのがあります。その日を境にして、西洋美術中心の嗜好を撤回し、自分で描く絵のスタイルも変え、ついでに箔の技術の独習まで始めてしまったくらいですから。まあ、かなり影響を受けやすいタイプであることは間違いなさそうですけど。(笑)

そんなわけで、この展覧会は個人的な意味でひとつの契機となる展覧会でした。カタログはその記念の品なんです。だから宝物というわけ。

 

それにしても、この図録については表紙&本文ページに掲載された《松に草花図》の図版とその解説が欲しいだけの理由で買ったことを思い出します。ポストカードでは満足できないし、他の選択はあり得なかった。基本的にその目的だけで一冊を購入してしまったのでした。

計361ページの分厚い図録のわずか2〜3ページのために数千円という金額を払う。その行為が妥当か否かは個人の価値観によるのでしょうね。どの美術展でも起き得ることですし、鑑賞者には買うか買わないかの二者択一しかありませんから、それはそれでいいんです。それに、出品作が国宝ばかりという文句のつけようのない展覧会の記録は、今後もくり返し参照するはずですし。

 

今回、久しぶりにこのカタログを手にとってみました。当初の興奮状態が過ぎ去ったあとで眺めるといろいろなことに気がつくものです。本文ページの構成は図版と簡潔な解説に加えて、若干の客観的資料が添えられているだけのシンプルなものでした。いわゆる専門家による、(主に)専門家のための「論考」に相当するものが全く掲載されていません。このつくりが妙に新鮮で好ましいのです。

日本美術の展示品は美術品であると同時に文化財でもありますから、テキスト類を増やそうと思えばいくらでもできそうな気がしますよね。でも、そうはせずに抑制を利かせたこういうカタログの存在することが嬉しいんですよ。国宝という展示物の性質上、一部の美術ファン以外の幅広い層にも伝わるカタログにしよう――この図録にはそうした意図が込められていたのかもしれません。

製作する側にもさまざまな考えがあると思います。でも、ひとりの鑑賞者として言わせてもらえば、必ずしも論考がないからといって何かが欠けているとは思わないんですね。イメージは何よりも多くを語るはずですし、美術展はそうでなくてはならない。図録はその記録、文章はそれをサポートするもの、という認識が基本ではないでしょうか。テキスト部分をどうとらえるかについては、一部の専門家と大多数の鑑賞者とのあいだに大きな隔たりがあると感じています。

カタログの良し悪しは、どうやら展覧会の内容と比例する部分があるようですね。とくに今回お話したものについては掲載されたイメージそのものに文言不要の説得力があります。ある意味で、贅肉(?)を極限までそぎ落とした図録が成立する背景にはこれがあったのでしょう。

平成12年開催の日本国宝展は、会場内でのすさまじい人波の圧迫感を除けぱ(笑)、お世辞抜きで最高の展覧会でした。

 

「カタログ夜話」は、あと2〜3回ほど続きます。よろしければ、おつき合いください。


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