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カタログ夜話 (4)】 2007/11/30(金)
あれからもう2年以上が経つわけですよね。2005年に開催された「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展」は、この国にとって“まだ見ぬ巨匠”の一人が本格的に紹介されるという画期的な美術展でした。ひょっとして、ではなくて、間違いなく日本の展覧会史に残る金字塔だと思いますよ。
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ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展
カタログ(2005年)
表紙
《ダイヤのエースをもついかさま師》
(部分)
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このラ・トゥール展のカタログは展覧会の企画者・監修者で、当時、国立西洋美術館に勤務していた高橋明也氏(三菱一号館美術館館長)から直接頂戴したものです。
まあ、記念の品でもありますけど、大切なカタログにしては今でも頻繁に開けて眺めていますから、本としての劣化は進行していきますね。でもそれでいいんですよ。まさか床の間に飾っておくものでもないし、“見てナンボ”の図録ですから。
そういえば、せっかく大金(?)を払って購入したのに、ろくに眺めもしないで積み上げたままの図録があるんですよ。けっこうあったりして。結局、そういうのは自分にとって“縁のなかった図録”ということになるんでしょうかね。
カタログは、(鑑賞者にとっては)素晴らしかった展覧会や作品を思い出すための手段ですからね。言ってみれば“思い出再生装置”みたいなもの。実際に購入してみたら会場で見たイメージとあまりにもかけ離れていたりとか、印刷の状態が良くないとかいう場合もありますし。残念ながら、それでは再生装置として機能しませんよね。
やはりオリジナルの印象が歪められるのを怖れます。自分のなかにあるイメージは大切にしたい。それを再生できるものが優れたカタログだと思うんです。
ラ・トゥール展のカタログが好きで、くり返し眺めている理由はたぶんこのあたりだと思います。この図録に限っては、あの展覧会をかなりの精度で再生できるんですね。
上の大きな写真のように左右2ページの見開きを使用した部分図の多いのが特徴的なカタログです。図は《聖トマス》(国立西洋美術館所蔵)の頭部と手の部分をクローズアップしたものですね。ここまで大きく掲載してもらえると――とくに指先の部分の表現なんてモデルになった人物の爪の形状や汚れ具合までわかるほどで――凄い迫力ですよ。
「明暗の対比をドラマチックに強調して、なおかつ細部まで緻密に描き込む」というスタイルがラ・トゥールの作風ということになりますね。まさに“アップに堪える”絵なんですよ。だからこそこういう大胆なトリミングができるのでしょう。
このカタログではこうした見開きの部分図を多用しているんですね。全体図の次のページに部分図を掲載するというやり方で、じつに計12カ所の見開き部分図があります(その他に片ページのものが一枚)。テキスト部分を含めた全体のページ数が185ページですから、美術展のカタログに掲載される部分図の割合はとしては多いかもしれません。こういうページの使い方をするについては事情もあったと推察しますけど。
模作や参考作品を含めても出品作が30点あまりというラ・トゥール展でした。もともと全真作を合わせても40点ほどしか現存しない画家の展覧会ですから、この点数を集めるのはかなり大変な作業だったでしょうね。そして同じく、これだけの作品数でカタログ1冊を構成するのもひと苦労だと思います。なにしろ日本初のラ・トゥール展のカタログですから「見栄え」も大切なんですよね。
「見栄え」というのは、冊子としての厚さ、ボリューム感のことですけど。一般的に、少ないページ数で厚い本をつくりたい場合には、表紙に厚紙を使用してハードカバーにするとか、本文用紙(印刷用紙)を厚手のものにするとかのやり方があります。これは出版の分野ではごく普通に行われていることです。
でも、ここではその方法は採用されていませんね。造本上の工夫としては、表紙を横長に作っておいて内側に折り込むことで“カバー装”のように見せる方法をとっているだけです。これで増量できる厚みはわずかなもの。むしろ上品でコンパクトな冊子を目指したところがあるだろうと思います。そういうわけで、実質的にこのカタログの「見栄え」を確保しているのは計25ページの部分図ということになりそうですね。
こういうお話しをすると、なにか増量目的のための部分図とだけ受け取られそうですね。でも、そういうことではないんですよ。
くり返し眺めているうちに気付くことですけど、部分図のほとんどは人物の頭部と手という組み合わせになっていまして、それが飛び飛びの感じで登場しては続いていきます。これが一種の“ビジュアル特集”のようになっているんですね。言語を一切使用せずにラ・トゥール絵画の人物表現の変遷をとらえたシリーズなんです。
初期の代表作《聖トマス》から始まり傑作《ダイヤのエースをもついかさま師》まで、人物画ばかりを描いたラ・トゥールの作画スタイルも少しずつ変化していくんですよ。
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《ダイヤのエースをもついかさま師》(部分)
※手の部分のみを掲載した見開き
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圧巻なのは、《ダイヤのエースをもついかさま師》の部分図です。画面に登場する4人の頭部のクローズアップが4ページにわたって続いたあとで、さらに「これを見よ!」とばかりに手の部分だけをトリミングした見開きがでてきます。
この4人の手の描き方を見ると、初期の作品《聖トマス》と比べてハッキリと変化していることがおわかりいただけるかもしれません。
主に画面構成の必要上から、ものの形を実際に見えたのとは変えて描くことを「デフォルメ」(変形・歪形)っていいますね。20世紀のピカソなんかは派手にやりました。17世紀の画家ラ・トゥールは写実がベースの画家なのであまり目立ちませんが、控えめながらもすでにこれをやっているわけです。
それで、こういう部分図のメリットですけど、やはり実際の会場では気がつかなかった部分を教えてくれるということですよね。人の記憶には限界がありますし、ラ・トゥールのスタイルが微妙に変化していく過程なんてのは会場で見ただけではなかなかわかりません。紙上で再度、しかも複数の作品を同時に検証できるのは嬉しいことだと思います。
このカタログの部分図の扱い方については、単に細部を紹介するという一般的なレベルをはるかに凌ぐものでしたね。その機能フルに活用しながら、さらに個々を連動させることで全編を貫くシリーズに仕立てているところが“ビジュアル特集”なんですよ。
もっとも、そういう意図をもつカタログ構成だなんてことはどこにも書いてありません。書いてないけれど、くり返し眺めているうちにだんだんわかってきました。わたしの場合はかなり時間がかかりましたけど(笑)。
ラ・トゥール展のカタログは大型の部類ですが、その利点を最大限に活かしているので大好きな一冊です。もっと言えば、展覧会の忠実な記録であることを踏まえつつ、そこに難解な言語よりも遥かに伝わりやすいビジュアル特集を組み込んでいる点で感服します。図録の次元でも、ここまでが可能なんですね。
単に豪華に見せるためだけの大型化には断固反対ですけど、デカくても、そこに積極的な意図や必然性が感じられるものについては、もちろん支持しますよ。やっぱり図録は“見てナンボ、楽しんでナンボ”の世界ですからね。
ムンク展を見てきました。カタログも買いました。37年前に開催されたムンク展もみました。カタログもあります。
そこで次回のカタログ夜話(最終回)は、二つのカタログの比較でもしてみようかなと。
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