2 【北斎展を観る】 2005/11/05(土)

上野の東京国立博物館で開催中の「北斎展」を観ました。先週の土曜日のこと。

葛飾北斎の名前は日本人なら誰でも知っています。のみならず、海外でもひろく知られた国民的画家。今回は、海外流出した名品も里帰りしての大北斎展‥‥‥というわけで会場はスゴい人の数。「北斎フリーク」を自認するわたしとしては大喜びで博物館に向ったのです。観客の多さは当然というか、我慢。でも展示作品がこれほどあっては、とても一度で味わい尽くせたと思えません。それと、会期中に一部展示替えもあるようなので、間違いなくもう一度出かけます。(もちろん喜んで!)

北斎が描いたのは浮世絵ですけど、これは総称でして、絵画技法や制作手段の違いで分類するといくつもの呼び方があります。わたしたちが通常「浮世絵」と呼び、北斎、歌磨、広重などの作品で親しんでいるのは正確にいうと「錦絵(=多色刷木版画)」のことです。浮世絵そのものはすでに江戸時代前半から存在していましたし、数多くの巨匠・名人を輩出しています。その歴史と成果を引き受けて新たな境地を切り開いたのが北斎を始めとする江戸後期の画家たちだったといえるでしょう。あの天才ゴッホばかりでなく、西洋の画家たちはこぞってこの絵師たちの仕事に熱狂しました、東洋の島国にこんなスゴい連中がいたのかと。

浮世(憂き世=現世)のあれこれを描くのが浮世絵ですから、なにもペラ一枚の版画でなくていいわけです。北斎は本の挿絵も描きました。当時すでに版元と呼ばれる出版業者が存在していて庶民向けの本が出版されていたのです。展覧会場には、売れっ子イラストレーターであるところの彼が戯作者の(曲亭)馬琴と組んで刊行された読本の名作『椿説弓張月』も展示されていました。「ああ、これが実物なのか」と感激。

わたしは、北斎の画家としての本領は錦絵よりも肉筆画に見ることができると思っています。

錦絵は絵草紙屋の店頭で販売される目的で大量生産された商品です。だから売れなくては困る。当然ながらそこには企画の段階から版元プロデューサーの意向が反映されています。たとえ天才・北斎といえども好き勝手に描いてそれがそのまま商品になったのではありません。それと、北斎の描く原画を木版画として完成させる人たちもいました。版木を刻む彫り師やそれに色をつけて印刷する刷り師たち。錦絵はその人たちとのコラボレーションなのです。従って「手の痕跡」とでもいうか、画家の個性の一部分は薄められてしまうというわけです。

一方の「肉筆画」は注文を受けて単品で制作される手描きの絵画。第三者の手を介さない作品には絵師の力量がそのまま定着されています。今回は、たくさんの肉筆画で北斎の技をじっくりと検証できました。晩年の大作《弘法大師修法図》は、鬼と対峙する大師を描いた図柄が凄まじいばかりの迫力ですが、そうした主題を離れても絵画というのは何かを語るのです。塗り込められた絵具という素材そのものが放つ、物質感をともなったリアリティ。そして筆力というもの。モノクロの写真でしか知らなかった作品なので深い感銘を受けました。

北斎の肉筆画制作についてのエピソードにはこんなものもあります。――北斎には小布施に高井鴻山という大切なスポンサーがいた。その手引きで岩松院というお寺の天井画を描くことになり、とりあえず下絵を送ってみた(今でいうところのプレゼンテーション)。鴻山曰く「北斎先生、この下絵には色がついてないじゃないですか。困りますよ。塗ってください!」。北斎答えて「ど〜もスミマセン。その用紙には滲み止めがしてなかったもンですから色が塗れなかったんですよ。こっちにも都合というのがありまして、世の中うまくいきませんね〜」。こんなトボけた言い訳をするくらいの自信があったわけです。

「天才」という言葉がありますけど、北斎の場合は間違いなくこれに該当するでしょう。巨匠・名人というのはけっこういるわけですが、それとは一線を画するもので、極めてハイレベルの作品、傑作を最初から最後まで延々と作り続けることのできた人をさすのだと思います。独創性とそれをカバーするための知力・体力・精神力が必要です。昨日まで普通の人だったのが、ある日突然「天才」に変身するなんてことはありません。この能力は“天から授けられたもの”でいいのです。ダ・ビンチ、ミケランジェロ、レンブラント、ゴッホ、ピカソ……と何人かの名前が浮んできました。19歳で浮世絵業界の最大派閥・勝川派に入門した北斎はやがて頭角をあらわします。そして90歳で浅草遍照院の長屋に没するまでの毎日を飽くことなく描き続けたのです。常にトップスピードを維持していました。

今回の北斎展では、江戸の浮世絵風景画を代表する傑作『富嶽三十六景』のシリーズが目玉作品になっています。仮にそれがなかったとしても堪能できる内容です。

 

北斎展の会場を出たあとは、ある美術観賞会の方たちと食事をしました。主催者を含めて美術の専門家のいないグループなので、お役にたてる部分はあったのかも。展覧会を観て、その日のうちにそれを語ることで、わたしのなかの北斎像を反芻することができました。まあ、平和な一日、といったところでしょうか。

 


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