3 【 もう一度、北斎!】 2005/11/30(水)

先週の金曜日のことでしたが、北斎展を観てきました。これで二度目。

会期を前半と後半に分けて多数の展示作品を入れ替えています。実質的に二部構成の展覧会。そういう期間の配分とスペースが必要な画家ということですし、ホントに充実した展示でした。

会期全体を通して展示されている名作がたくさんあります。あまりにも有名な『富嶽三十六景』の錦絵シリーズはその筆頭。そして、こういう機会でもないとまとめて観ることのできない肉筆画の傑作も。個人的には《雪中傘持ち美人図》《若衆図(大英博物館)》《扇面散図》あたりでしょうか。絵画としての完成度の高さ、そこに漂う風格‥‥‥あらゆる意味で絶品です。

うまくつくられた展覧会だと思いました。前半、後半のどちらかで会場に行っておけば、とりあえず北斎を観たという満足感に浸れるような作品選定の仕方。少しだけ北斎のことをかじっている人のためには――隠れた名作といっていいでしょう、藍摺の揃物(森治版中判藍摺シリーズ)のようなものも出品されています。このシリーズについては会期前半に4点を、そして後半に5点という並べ方をしている。しかも(たぶん)あえて後半の方に佳品をまとめて置くという。前期でこのシリーズを観れば必ず後半も出かけてみたくなる、という寸法‥‥‥憎い仕掛けです!

生涯に90回以上も引っ越しをしたとか、30回も画号を変えたとか、奇人変人の代表のように語られる北斎であっても、実際の作品に接することで確かに見えてくるものがある。いますぐそれを言語化できなくても、いずれやってくるその日のための絶好の機会だと思えました。でも本心を言わせてもらえば、少しだけ残念に感じる展覧会でもあったわけです。じつは北斎芸術のある一部分がスッポリ抜けている展示だったということ。それが北斎の本質であるとまでは言いませんが、重要な位置を占める作品群のなかから一点も展示されていなかったという事実です。

ご存知の方も大勢いらっしゃるのではないでしょうか。北斎は春画(秘戯画、枕絵)も描いていたのです。それも趣味や気紛れではなく仕事として。

好色本や枕絵の出版については、江戸幕府は最初これを放任していました。しかし基本的にポルノなわけですからそれではまずかろうとやがて禁止する。ただ、現実の問題としてすぺてを監視することはできない。それでなかば公然と取り引きされていたのが実態でした。北斎一人だけでなく、すべての浮世絵師が春画を描いています。見せしめのようにしてときどき版元や絵師が処罰されましたが、それでもこうした絵画は描かれ続けました。需要があるから浮世絵師はそれに応えた。それが生業というものでしょう。北斎は歌磨とならぶ春画の名手でした。

やはり公的な機関であるところの美術館にこれを展示しろというのは酷かもしれません。風景画だけでなく美人画の分野でも数々の名作を残した北斎ですから、そうした洗練された美の対極として、生身の人間のエロスに焦点をあわせて制作もしていた――こんなふうに位置付けることができれば春画の展示も不可能ではないと思うわけですが。現実の光景として美術展の入場券売り場に「18才未満入場お断り。入場の際は身分証を‥‥‥」などと書いてあったりするのも奇妙ですね。今回の展覧会では、そのあたりについてはほとんど期待していませんでした。で、結果もそのとおりでした。北斎の作品を含む現存する浮世絵春画の一部については書籍として出版されています。

 

今回鑑賞した後半の展示のなかに不思議な作品が一点展示されています。縦長の画面に一匹の蛸を描いただけの肉筆画《蛸図》(文化8年 1811)。森羅万象を描き尽そうとした北斎であれば蛸の絵が存在したとしても別におかしくはない。しかし、写実を得意とした彼にしてはこの軟体動物はどこか擬人化されているように見える。画中からこちらを見つめ返すうつろな眼差し‥‥‥この《蛸図》の前に立って、ハッとした方もいらっしゃるのではないでしょうか。そのいささかグロテスクなフォルムは後年、彼の秘戯画に登場するのです。

海辺の岩影で全裸の海女と絡み合う大蛸と小蛸を描いた作品は北斎の春画としてはもっとも有名なものです。表皮の質感を点描で表現し、吸盤のひとつひとつまで克明に描写したその姿はかつての《蛸図》の延長線上にあります。文政9年(1826)に極彩半紙本のなかのエロチックな見開きに描き込まれたこのキャラクターの原形とおぼしきものが、国立博物館で開催中の北斎展でさりげなく展示されているというわけでした。展覧会のカタログの解説を読んでみても、もちろんそんなことは一言も書いてありません。でも、おそらく執筆者はそのことについて書きたかったのではないかなあ、と勝手に想像しています。

 

北斎展は12月4日まで。東京国立博物館にお出かけになるための地理的な条件等もあるとは思いますが、可能ならばご覧になることをお勧めします。


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