ラ・トゥール展記念講演会(第7回)録画テープ
 
高橋明也氏(国立西洋美術館主任研究官) 2005.05.21
6 【ラ・トゥール展記念講演会:ネット版採録計画 】 2006/03/23(木)

三月も下旬になりました。ほの暗い美術館で、絵のなかの蝋燭を道標のようにして歩いた記憶が蘇ります。「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展――光と闇の世界」の開幕したのが一年ほど前のことでした。

仰々しいタイトルですよね、「ラ・トゥール展記念講演会:ネット版採録計画」だなんて。昨年12月にこの欄で『ラ・トゥール展残照』という文章を書いたときには「ラ・トゥールについてはこれでおしまい。二度と書くことはないだろう」と思っていたのです。それがここにきて、もう一仕事することになりました。会期中に開催された講演会を文字化してネットで公開しようというのです。

なんでいまさら一年前のことを、とお思いでしょうか。たしかに展覧会は終ってしまったのです。でも、ここまでのスケールをもつ画家の仕事が初めて実作とあわせて包括的に紹介されたという意味で、この国でのラ・トゥール芸術の受容はまさに始まったばかりなのでした。美術館で対面した作品群はたくさんの人たちのなかで今も静かに光彩を放ち続けています。時が経つにつれてそれをつよく感じるようになりました。だから“もう一丁!”なのです。


『ラ・トゥール展残照』のあとで高橋君(国立西洋美術館主任研究官:高橋明也氏)からもらったメールには、「なにか懐かしいと言うよりは、もっとアクチュアルな感じがするね」と書かれていました。個人の心情についてこちらの想像だけで書くわけにもいきませんが、たしかにそうかもしれません。

さまざまな意味で十全とは呼べない環境でのラ・トゥール展の開催でした。にもかかわらず、この展覧会の企画者である彼には重大な使命がありました。大方の日本人にとっては未知の価値である“17世紀の画家”を、時代や文化の違いというハンデを引き受けながら海外における正当な評価に近いかたちで紹介するという。

ラ・トゥール展の成功は、その作品世界のユニークさ、質の高さ、そして潜在的なファンの存在を考えれば予想され得る結果だったかもしれません。しかしわたしには、それだけで達成できたものとは到底思えないのです。展覧会の開催以前から、水面下ではほとんど突貫工事のようにしてこの画家の知名度を上げる作業が続けられていました――そうした諸々のプロモーションを含めて、企画者・高橋明也が各メディアと連携して遂行してきた戦略の賜物ではなかったでしょうか。

ラ・トゥールという価値を受け入れるための“地ならし”から始めなくてはならなかった事態については、高橋君の「研究官」としての職域を越える部分があったかもしれません。ひとつも大袈裟な言い方とは思わないのですが、そうした状況での彼の闘いぶりには鬼気迫るものがありました。ゆえに会期が終了したからといって、それだけでラ・トゥール芸術の移入が完了したとは考えていないでしょう。おそらく彼のなかでもラ・トゥール展は「まだ終っていない」のだと思います。


わたしもまた半年以上をかけた「私設応援団」の余韻と、至近距離から眺めた画肌の記憶を引きずっていた昨年暮れのことでした。ネット上の某サイト内にラ・トゥールに関するコミュニティがあることを知ったのです。

ちょっとした驚きでした。会期終了から半年も経つのに、ラ・トゥール作品と今回の展覧会についての書き込みが現在進行形で続いているのです。単に過去の出来事として懐かしむのではなく、そこには感動の正体を相互に確かめあうような場が出現していました。「高橋氏のラ・トゥール展記念講演会を聞きたくて申し込みをしたのだが、定員オーバーで聴講できず残念に思った」という、ある方の書き込みが発端でした。そこから「ラ・トゥール展記念講演会:ネット版採録計画」のアイデアが浮び上がりました。

ラ・トゥール展記念講演会は7回にわたって美術史、歴史、思想史等の分野から講師を招いて開催されました。最終回を飾った高橋明也講演会を含めてわたし自身も聴いていませんでしたので、これはぜひとも聴いておきたい。幸いなことにビデオ録画されたものが美術館にはあった。それならいっそのことネットで公開してみては、という展開です。

もちろん著作権等の問題がありますので、公開できるのは二つ返事で許可の得られる高橋君担当の最終回のみ。この展覧会を“仕掛けた”張本人が語るのですから舞台裏の事情までが窺える興味深い内容です。ラ・トゥール作品を語る角度には近代美術を専門にする美術史家の視点が反映されていました。2005年のラ・トゥール展を回顧するのに恰好の資料となることでしょう。平明にして奥行きまでを感じさせる90分間の“高橋節”をどうぞお楽しみに。

ビデオテープを聞き取って文章化する作業(テープ起こし)、編集、WEB画面制作など公開のための段取りもありますが作業はすでに開始しています。完成後は、ラ・トゥール展総括特集『ラ・トゥール展が遺したもの』に補遺として付け加える予定です。

ラ・トゥール展終了間際にはポートレートも撮影していました。好きな写真です。

(C) 2006 Mitsuru Iwasaki
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