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山谷堀水門を越えて遊歩道を少し行くと桜橋の下をくぐることになる。二本の橋が交差したようなx字型のこの橋は歩行者専用のもので、対岸(墨田区側)の墨堤と浅草とを結んでいる。このあたりから先が今戸なのだが、隅田公園はもともと川を埋め立て造成された地域であるから本来の今戸というわけではない。橋の袂のなだらかな斜面を駈けのぼって公園を横切り、道ひとつを隔てた古くからの今戸を歩く。
かつて今戸は「今津」と呼ばれていた。「津」は湊を意味し、「今」には“新しい”のニュアンスがある。今戸に湊がつくられた当時は、隅田川は現在よりも遥かに川幅が広く付近の岸寄りには中州もあった。その浅瀬の部分を少しずつ埋め立てながら沿岸が整備されていったということである。
隅田川と山谷堀の合流点に掛けられていた今戸橋が残されている。といっても、堀そのものがすでに存在しないのだから欄干だけの橋は一種の記念碑ということになるのかもしれない。その先に今戸神社(旧・今戸八幡宮)があり、境内には文政5年(1855)に今戸の職人たちが奉納した一対の狛犬が残されている。石の表面は黒ずみ時の経過を示すが、台石に刻まれた奉納者の名前は読むことができる。土器屋、火鉢屋、焙烙屋の数々……焼き物の町として栄えた今戸の昔を偲ぶ。
今戸は今戸焼発祥の地。ここに川辺の土を採って瓦を作る人がいたという記録はすでに17世紀末にみられる。土器(素焼き)製造業としての今戸焼が盛んになったのは亨保年間(1716〜1736)からであるが、土と火との創造物であるこの焼き物は、隅田川の海運ルートを利用して各地へ運ばれることで「今戸焼」のブランドを確立していった。近代以降は浅草周辺の市街化が進み、また川辺の土が採れなくなったために職人たちはこの土地を離れた。土人形はいまでも一軒だけ残る窯元でつくられているようである。しかし、日用品をつくる産業としての今戸焼はすでに衰退してしまった。その歴史と製品については、もはや考古学の対象となってしまった感がある。
今戸神社の社務所に招き入れていただいて、玄関正面に並べられたコレクションを拝見した。蒐集品は現在製作されている今戸焼のようである。不勉強なこちらではあるが、その多くがある程度まで伝統的な形状を保持しているのが想像できた。
置き物としての「招き猫」は今戸焼がルーツとされている。昨今巷で見かける“電動手招き猫”にはない、土のなかから湧いて出たような緩やかなフォルムには自然な逞しさが宿り、招き猫の本来とはこういうものかと思わせる。豚をかたどった蚊遣り(蚊遣りブタ)などは以前ならどこの家にもあったものだが、これも今戸焼を代表する製品だった。あらためてこの場で眺めれば、ポッカリとあいたその胴体から口にかけては軽やかなユーモアが吹き抜けているではないか。
土の人形にはさまざまな種類があって、なかでも高さ10センチに満たない干支を造形化したものには古い時代の今戸焼の素朴な姿を踏襲したものが多い。その動物たちに押しやられるようにして置かれたひとつの人形が、ここ何年かの個人的な疑問を解き明かしてくれた。
謎の発端は古典落語の「今戸焼」だった。この噺は夫婦喧嘩を題材にしている。亭主が仕事から帰ってみると女房は留守。これでは茶も飲めないと愚痴をこぼしながら火を起こす亭主のところに芝居見物から女房が戻る。どこそこの誰さんは役者の菊五郎に似ている、誰さんは宗十郎に……などとばかり言う女房の話が面白くない。たまにはテメエの亭主も褒めたらどうだと切り出すと、
「安心をおしよ、あんたも似ているよ。お前さんは福助!」
「えっ、あの役者の福助かァ?」
「なあに、今戸焼の福助だい」
この“落ち”の部分がわからなかった。亭主をコケにするために「今戸焼の福助」をもちだすところが理解できないのである。福助の、頭でっかちな裃姿はご愛嬌。顔の表情は愛らしく、だから開運の縁起物として愛玩されてきたし、小生などは絵にまで描いている。なのになぜその福助が、という思いがあった。福助はどれも同じと思い込んでいたのである。それで今戸焼の福助だが、今回ついに実物と対面することができた。
小さな人形に入念な細工を望むのは酷かもしれない。が、それにしても全然可愛らしくない福助である。仏頂面とでもいうのだろうか、ふて腐れているように見えるし、目尻のやや吊り上がったところなど怒っているようでもある。ここに至って、亭主のブサイクをからかう「今戸焼の福助」が腑に落ちた。しかしである。こんな福助でもしばらく眺めていれば素焼き人形独特の乾いて涼しげな風情は感受される。そして、なぜか優しい気持ちにもなる。おおらかな造形には、こちらが拒むことのできない、いや、そんな気力さえ失せてしまうような慈しみの心を呼び覚ます何かがあるのかもしれなかった。
親切な社務所の奥方にお礼を申し上げてから隅田川堤防に戻る。石浜までの残り1キロを歩く。
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(C) 2004 Mitsuru Iwasaki
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