「来年の春に東京で開催予定のラ・トゥール展、『芸術新潮』では記事にしないの?」
去年の5月、バルセロナで一緒に仕事をしていたパリ在住の写真家・小野祐次さんにそうきかれた。まぶしい陽光のなかで「夜の画家」について思い出すのには、すこし時間がかかった。「マイナーな画家だから厳しいかな」そんな返事をしたように思う。不勉強な私の誤認だった。
 日本に戻った後に画集をめくってみて驚いた。蝋燭の炎に浮かびあがるマグダラのマリア、しゃがれ声で歌う年老いたヴィエル弾き、まだ濡れているかのような生まれたての赤ん坊(イエス)――リアルな描写と神聖な空気が同居している。すごい。さっそく企画書を書いたら、通った。秋の終わり頃から国立西洋美術館の高橋明也さん、慶応義塾大学の大谷公美さんをたびたび訪ね、構成を相談したり、作品解説をしていただいたり。編集作業を進めるうちラ・トゥールの魅力は私のなかでますます膨らみ、校了時には「この特集はたとえ売れなくても、意義あるものになるはず」と確信するまでになっていた。
 じっさいは発売直後に売れゆき好調の嬉しいニュース。画家の生れ故郷ロレーヌ地方で、高熱を出しながら風景を撮影してくれた小野さんからメールが届いた。「本当にすばらしいものは人がほうっておかない。何百年も前に生きたラ・トゥール氏も嬉しいはずだ」。もしかすると性格が悪く強引だったといわれるラ・トゥールの術中に、私はまんまとはめられたのだろうか。ぜんぜん後悔はしていないけれど。 
 
 
 

 「めぐり逢う朝」というフランス映画がありました。十数年前に日本でもかなりヒットした映画でとにかく画面が印象的でした。明け方の夜空、嵐の場面などは大変なハイテクを使って撮影したそうです。最後に師弟が二重奏をする場面では、蝋燭の光に透けた赤ワインのグラスと皿に載ったシガールがあって、それはラ・トゥールの絵画そのものでした。以来その画面から醸し出される、宮廷外の人々の深い思いが、気になっていました。
 同時開催の演奏会では、フランスで大人気というル・ポエム・アルモニークの熱演に出会い、珍しく、言葉が分からないことを忘れて楽しみました。声良し、喋り良し、演技良しの上に、楽器群もよく見ると18世紀のギンギンの宮廷仕様も混ざっているのに、すっかり17世紀庶民の雰囲気が出ていて、さすがに自分の国の音楽なのだなあ・・・と。歌詞は繰り返しが多くて分かりやすく、内容は万国共通の、戦いと王に起因する愛と悲劇、泥棒、酒の歌といったところ。打楽器やヴィエルの曲弾きも吉田兄弟顔負け。
 絵画の見どころと真贋までも包み隠さず展示していただいて、素直にその時代の人々の生き様は?という気持ちになったところで、名演奏。確かに、あのように洗練されていて本当か、とは思うものの、今日ではバロック音楽の代名詞ともなっている宮廷音楽の外と裏の、ここでは絶対王政に虐げられた人々の音楽が生き生きと愉快で時に悲しい物だったことが、納得いくものでした。こうした庶民的な主題にも拘わらず、心打つ上質の絵画と音楽があり、これを結びつけて「その時代を写そう」としたところが、この展覧会の画期的といわれる所以なのだと思います。音があったことでラ・トゥールの画面は突然動き出しました。

 
 
 
 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展には5回足を運んだ。学生を連れて行ったことも含まれているが、レセプションも含めて自主的に3回行ったことになる。この展覧会は、作品を見るということの忘れられがちな基本法を教えた。一人の人間がひとつの作品にひたすら対峙しながらその真実を観るに至るということは理想であろうが、そのためには、人は洞窟の達磨のごとき修行を求められるだろう。学生には私は、知りたい作品があるならば、他のなにかと並べて見るようにいっている。これは真贋の判断や質の善し悪しを問うことを一義としてそういっているのではない。結果がそこに至る至らざるは別として、この方法により作品の心髄に触れることを求めているのである。作品の心髄に触れることは作者の心髄を知ることである。この展覧会はそういう展覧会であった。私は常々、画家たちの連作について言及している。同一の主題を連綿と描くとき、画家たちに何が起こるか。差異という言葉を私は好まない。この言葉は事態を固定させてしまう。だから私は変化という普通の言葉を使う。この変化のうちに、生きた動きのなかに、私は画家の魂を観る。
 人に魂というものがあるならば、それは形として作品に現れるはずだと真剣に考えていた時期があった。昔日のことだが。幸いにして、支那の白磁の器にそれを観たことがあったし、ボデゴンのなかのひとつの果実にそれを観たこともあった。ルーヴルのド・ラ・トゥール《大工のヨセフ》を初めて見たとき、強い既視感に襲われたのは、子供の頃に自分の手を火にかざしたときに見えた、あの赤いほてるような透きとおった色で、これは蒼白な肉や赤黒い血とは異なる。魂魄を分け隔てない生命そのもの。普通にいう魂そのものだと思われた。
 私にとってこの展覧会はそういう展覧会だった。
 
 
 
 昨年十一月の下旬だったか、高橋明也さんから電話でジョルジュ・ド・ラ・トゥール展開催のお話があったときには、一瞬わが耳を疑い、そして狂喜しました。日本でラ・トゥールの個展が開催されるとは思ってもいなかったからです。
 個人的には展覧会はあまり好みません。とくに日本における泰西名画の展覧会は苦手です。体力と忍耐力を欠いているせいか、行列と雑踏に耐えられないからです。それでも、昔パリで学生生活を送っていたときに見たジョルジュ・ド・ラ・トゥール展には全身全霊を揺さぶられる思いをしました。右手をどくろの上に置き、左手で顔を支えて、ろうそくの炎に見入るマグダラのマリア。彼女が、その炎を唯一の光源として、闇の中から浮かび上がる姿を見たとき、この絵が描かれてから十数年後の一六五四年は晩秋十一月の夜半、「午後十時半頃から零時半頃まで」、やはりろうそくの炎に見入っていたあるいは見入られていたある男のことが脳裏に蘇りました。その名は、ブレズ・パスカル。天才科学者の名声をほしいままにし功名心に酔いしれていた彼に不思議な出来事が生じます。かつて燃える柴の間から「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」と名乗ってモーセに声をかけた神と同じ神が、自分の心に触れたと彼は感じたのです。この接触によって、彼は神との出会いを確信し、筆舌に尽くせない「歓喜」と「平安」を味わいます。彼は、この体験を記念するために一枚の覚書を書き付けますが、その中心にあるのは、「火」の一語です。キリスト教の信仰のあり方からすれば、モーセに臨んだ神の召命、マグダラのマリアの悔い改め、そしてパスカルの回心は同じ境地に帰着しますが、その同一性を保証するものが、「火」なのです。ラ・トゥールのろうそくの炎ほど、そのような信仰の神秘を実感させてくれるものを他に知りません。
 絵画を見る喜びからはいささか縁遠い、七面倒な話になってしまったかも知れません。そこで最後に、ラ・トゥールの絵を見る喜びについて一言します。今回の展覧会には展示されませんでしたが、「枢機卿帽のある聖ヒエロニムス」では、苦行鞭を持った裸身のヒエロニムスの背後、剥き出しの壁の上に朱色の枢機卿帽が無造作に置かれています。図像学の観点からいえば、この帽子は画面の意味の重要な構成要素を成しているはずです。しかし画面の中で、この形象は全体の意味から遊離して、私たちの目に迫ってきます。魅惑と薄気味悪さが一体になったその帽子、それこそ私にとって、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの絵画が与えてくれる喜びの源泉です。
 
 
 
 揃いも揃ってたいそうな面構えである。真、贋、模作、写真を含めた「キリストと十二使徒」を、感動するよりは呆れながら見た。こんな教団幹部ばかりでは、キリストもさぞとりまとめに苦労されたのでは、というのは、やはりこの展示を見た私の友人の弁だが、さもありなん、である。
 モデルがだれか、という話題は、絵画でも小説でも鑑賞者、読者の好奇心を喚起するが、そこで借りたフォルムにどれほどの内実が込められるかは、作り手の力量による。
 あらたに西洋美術館のコレクションに加わった「聖トマス」は、中でもとりわけ魅力的な一枚である。斜めに構えられた槍と傾けた頭の線が交差し、容赦ないほど明るく照らし出された頭と槍の穂が劇的な効果を上げている。
 おそらくは17世紀の、フランスドイツ国境付近の村に生きていた、どこかの農家のガンコジジイに姿形を借りたものであろうと、素人なりに想像してみたが、ここに立ち現れたのは、紛れもなく聖トマスである。 
 リアルに見えながら、どこかで卑近な現実を越えて聖性を獲得している。大きく血色の良い、見事な禿頭に直撃された視線を顔に移したとき、奇妙に落ち着かない気分になる。皺の寄った額と小さな目、前歯を失ったとおぼしき口から髭に覆われた顎に至る頭部全体の輪郭がどこかひずんでいるように感じられるのは、おそらく意図したものだろう。猜疑心の裏返しのような頑固な信仰、知性と洗練を蔑みひたすらに信じ行動することを良しとする気質のようなものが、そこから見えてくる。
 展示された他の作品のどれもが、いくぶんかの違和感を含んでいる。目を凝らせば現実にはあり得ない構図や奇妙なバランス、CGを思わせる平坦な明るみなどに出会う。おそらくそのどれもが、周到に仕掛けられたラ・トゥールの罠なのだろう。混乱させられながら、その手中にはまり、一筋縄ではいかない複雑な人物像と構図に強く心を引き付けられていく。