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【司会】
本日は最後となります講演会で、講師は本展を企画致しました当館の主任研究主官の高橋です。
高橋さんは東京藝術大学を終了された後、84年から86年までオルセー美術館の準備室に在籍されて、そちらの方で勉強されました。そしてその後に戻られてから当館に入りまして数々の展覧会を企画されています。
その主な展覧会には89年に開催されましたドラクロアとフランスロマン主義、フランス近代が専門ということでドラクロアはまさに高橋さんの専門という、そういった展覧会でありました。それから94年のバーンズコレクション、その後に2回に渡って日本で行われました96年99年のオルセー美術館展、そして今回のラ・トゥール展というふうに数々の展覧会を企画されています。
そして主な著書には、『ドラクロア』『ゴーガン』といったもの。それから今回の展覧会にちょうど間に合うかたちで今年の2月に出ました「知の再発見」のシリーズ物のジョルジュ・ド・ラ・トゥールの本も監修を担当されています。
本日はまさにこの展覧会を企画した本人からのお話ということで、皆さんどうぞ最後までゆっくりお楽しみください。では高橋さんお願いします。
【高橋】
どうも。えー、ただ今ご紹介頂きました高橋です。
えーと、今せっかくご紹介頂いたんですが、ひとつ細かいところですが経歴の間違いがありました。私は1980年に西洋美術館に入って、その後数年して文部省の在外研究員としてオルセー美術館の準備室に勤め、それから戻ってきました。今日の司会の寺島さんがまだ年端もいかぬ学生だった頃なので、たぶん知る由もないのでしょうけれど。
それでですね、今日は連続講演会の第7回目で私が大トリということで、このラ・トゥール展にかかわるいろいろな事をお話しようかと思います。
まあ、ラ・トゥールの芸術のいろんな側面に関しては、もうすでに様々なところで語ってきましたし、また語られてますね。この連続講演会にしても、例えば第1回では今回のコミッショナーの元ルーヴル絵画部長をやっていたジャン=ピエール・キュザン氏と、ラ・トゥールの本当にパイオニアの一人で東北大学の、今年退任されましたけど、田中英道先生の二人のセッションをやりました。なかなか熱い、“朝まで生テレビ”状態のトークで、たぶんご覧なった方は面白かったかと思います。若干危険な部分もありましたけれども、まあ、なかなかスリリングなセッションでした。
それから、もうお辞めになった、これも3月で退官された前西洋美術館館長の樺山先生ですね。「17世紀ヨーロッパ世界とラトゥールの芸術」という、これは完全に樺山先生の歴史家としての立場から語って頂きました。それから「ラ・トゥールと17世紀のイコノグラフィー」という、図像学に関して日大の木村先生にも語って頂きました。
それからもう一度ですね、田中先生にお出まし頂いて「私とラ・トゥール」というそのものずばりのタイトルで、田中先生とラ・トゥールのもうなんというか、本当に“信仰に近い”と私がちょっと失礼ながら申し上げた、田中先生のラ・トゥール観というものを話して頂きました。
さらに、青山女子短大の大野先生には「ラ・トゥールとロレーヌ公国の美術」という演題の講演をしてもらいました、実際ラ・トゥールの大きい特徴のひとつは、パリの画家じゃないということですよね。で、たぶん田中先生もそういう観点からラ・トゥールに惹かれた部分はあると思いますが、ある種のそういう地理的“周縁”からの視点というか、それは実はたぶん我々日本人には非常に親しい観点だと思うんですが、ロレーヌ公国、まあこの展覧会のカタログでもいろんなことが書いてありますが、ロレーヌ公国というのは決して文化的にはマージナルな部分ではなくて、ある意味ヨーロッパの中世からの中核部分であるということなんですね。ところがそれが近代の進む過程のなかで文化的にも周縁に追いやられていくという事実。そのなかでラ・トゥールの芸術というものも出来た。これは非常に、たぶん我々日本人に、政治、歴史、文化のポジションを考える上でも大変示唆的な事だと思うんです。まあ、そういうラ・トゥールが生きた環境の話もして頂いたわけです。
そしてその後は東京大学の17世紀のフランス思想の大専門家でいらっしゃる塩川先生にお越し頂き、パスカルとラ・トゥールという、たぶんご専門の講義では決して正面から扱ったことのないテーマだと思うんですけども、大変興味深いテーマを話していただきました。そして聴いた方にも塩川先生ご自身にもとても喜んで頂けました。ある関係のない、交流が直接にはなかったはずの二人である、大思想家のパスカルとこのラ・トゥールというロレーヌの画家の間に、何かこう一本筋が見えてきたわけですね。
そしてついに私が最後のトリということなるわけです。すでにそれこそ図像学から思想から、いろんなことを語っていただきましたが、つい先週は三回に渡って「ル・ポエム・アルモニーク」というフランスの古楽器のアンサンブルに来てもらって、17世紀前半のルイ13世の時代の音楽を奏でてもらいました。これもすばらしい演奏でした。残念ながらスペースの関係もあって毎回100名の方しかお入れできなかったので残念だったのですけどね。本当に日本では聴けない、オリエンタルなムードというか不思議な音楽でした。その後にいろんな人から感想をもらいましたけれども「なにか縁日と宮廷音楽のあいだみたいな、とても懐かしい響きだ」と言う人もいたし、それからあるフランス人の女性は「自分がお祖母さんやお祖父さんたちから子守唄で歌ってもらったメロディーをもう一回こういう所で聴いて本当に不思議な感じがした。世代でずっと受け継がれてきた文化というのを日本で再発見した」というメールももらいました。
まあそういう17世紀という時代が、古い時代ではあるけれど現代に引き寄せることができる時代であるということだし、我々が一種、古い時代を発見したような気になっていますけど、じつはそうではなくて、現代は古い時代に逆に発見されているんだという、そういう感覚というのは私ももちましたね。たまたま我々が浮遊していてそういうところに突き当たっただけであって、何も我々が古い時代を再発見しているという――展覧会のタイトルにはそう書いてありますけどね、これは要するにマーケッティング的な話であって――そういうことではないんじゃないかという感じもしました。
つまり歴史っていうのは、ある偶然と必然が絡まりあって、多くの場合が支配者の歴史であったり、ある種の勝利者の歴史が書き連ねてあるけれど、そうじゃない部分も厳然としてあるわけですよね。ラ・トゥールの蘇りもその好い例だと思いますけども。音楽なんかはその最たるものじゃないですか。造形美術なんかと違って、確固たる文字に描かれたりあるいは形に残らないものは山のようにあるわけですよね。たとえば無文字文化の、騎馬民族のさまざまな舞踏だとか音楽とか、そういうものは消えてしまう。何か形で伝えられたものだけがあたかも歴史のように残っているわけですけれども、それを歴史家や美術史家たちはそれだけを取り上げて、ああでもないこうでもないと言ってみるわけですけれども、ホントにそうなのかどうなのか、ホントの話はわかりませんよね。……と私はいつもお風呂に入りながらそんなことを考えたりしているんですけれども。
まあ、このあいだの音楽会はなかなか示唆的なものがあって、音楽って造形とか以上にストレートに伝えてくるものがありますよね。皆さん聴いてらっしゃらない方が大部分でしょうけど、CDもこの会場で売っていますのでご関心があれば聴かれてみてもいいと思いますけれども。演奏にはいろいろな古楽器が使われましたが、言ってみればどれも皆オリエント起源みたいなものですよね。バグパイプにしたって何にしたって。
今回の音楽会をやろうという元々の発想というのがラ・トゥールの絵に出てくるヴィエルという手回しの弦楽器。どういう音がするのか、どういうふうに演奏していたのか、見せよう、聴きたい、とそういうことから始めたコンサートでした。でも来てみたらパーカッションの太鼓はトルコ音楽みたいな、むしろ和太鼓みたいな、ドンドンドンドン……という不思議な音色でしたし、バグパイプなんて、それこそ羊の胴体を全部ちょん切って穴のあいたところに楽器を突っ込んだような、そういう遊牧民の楽器ですよね。曲だってスペインから入ってきたのはサラバンドなどの舞踏曲だし、インドだとかイスラム、オリエントから入ってきたものも多いですよね。十字軍が中近東に行ってみんながそういう楽器をヨーロッパに持ってきたり、それから大道の音楽家や吟遊詩人たちが、まさに人が移動して楽器ひとつを抱えてどんどんそういうものは広がっていったわけです。
片や造形美術というのは伝播は遅いですよ。だって建築なんか建てるにしたって、現代でもそうですよね、一応コンペをやったり、お金の出所がどうのこうのと予算を立てたうえで巨大なお金が動かなければそういうものはできないですよね。それが実現するためにはかなりの時間がかかってきます。それに比べると音楽というのはストレートで、コンサートでも17世紀という時代がもっている混沌とした様子と普遍性とがよく感じとれました。でも、たぶんラ・トゥールの絵にもそういうものがいっぱい入っているんですね。
……で、今日は適当なことを言いますけど、あまり適当なことを言う機会が少ないもので、この空間でまったくコンフィデンシャルに言わせてもらいますが、ラ・トゥールの絵の中にはかなりヨーロッパの古層の部分が含まれていると思うんですね。その古層って何かって言うと、例えば一神教のヨーロッパというのが、近代ヨーロッパというのが大体ローマ帝国のベースの上に、法制度とか土木とかさまざまな技術的なものの上に、実はこれを利用してキリスト教がヨーロッパ全域に伝わって、まあキリスト教化された国々が大部分ですよね。これの上に成り立っているのが近代のヨーロッパなんですが、もっとその前、キリスト教化される以前のケルト文化とかそういうことをよく言われますが、そういうものがあちこちに今でもありますね。
よく言われる話ですけれども、ヨーロッパのお寺、大聖堂、カテドラル、ああいうものは大体もともとケルトの信仰があった所、泉があって水が流れているような所に建てられたりしていて、基本的には非常に古い、例えばアニミズムのような一神教ではない文化の古層の部分が流れていると思うんですよね。
ラ・トゥールの絵はどれも本当にみんな宗教画と言ってもいいですね。あの「いかさま師」においてもルカ伝の放蕩息子の帰宅とかの教訓話も入っているし、いくつかの本当に売り絵のような「夜の絵」の大変人気のあった風俗画的なものを除けば、ほとんどがたぶんそういう宗教的なものと関連がないものはない作品なのですが、でも何か、例えばラ・トゥールが描く動物、とても可愛い動物、犬とか鶏とかも、だいたい聖書に関係があったりしますよね、そういうものを見るラ・トゥールの眼っていうのがヨーロッパの画家のなかでは異質な感じがするくらいに動物と目線が同じですよね。人間を見る目線と同じに描かれている。それはキリスト教的な近代にあってわりと少ないですね。
例えばアッシジの聖フランチェスコなんかまさに自然とのシンクロというものをかなり意図的に信仰のなかに導いていったりしましたけれども、でもやはり大部分の近代ヨーロッパの絵画なんかを見るとわかりますけれど、例えば日本の鳥獣戯画のような世界はほとんどないです。ああいう鳥とか動物の世界はほとんど見当たらない。それに対してラ・トゥールの絵は違います。不思議に我々日本人のような文化が違う人たちにもとても親しく入ってくるんですよね。
で、もう一方のラ・トゥールの「夜の絵」と称されるものがありますけれども、この光にしたって、いわゆるラテン語で「ルックス」とか「ルーメン」とか、物理的な光と内面的な光というふうに言い方は違いますけど、一神教的な光の扱いかというと決してそうではない。ラ・トゥールがつくる光を囲む闇の世界というのは、そういう厳しい闇の世界とは違うんですね。アンドレ・マルローなんかがラ・トゥールの闇を指して、闇というよりもむしろ夜だという言い方をしてますけど、要するに包み込むような夜だということですね。つまり、私なんかよくヨーロッパの街を歩いていて、とくに冬なんかですね、石造りの道を冷たい空気の中を歩いていると、夜の闇の中に神がいないという感じが時々するんですよね。神がいないどころか人間もいない、何か絶対的な闇があるという感じがすごくあります。それに対して日本の、例えば京都を歩いていたって日本の夜っていうのはすごくざわついて魑魅魍魎がいるんじゃないかと、そういう感じがするんですけども、なにかとってもいろんな生き物がいる、ざわざわ動いているという感じがするんですよね。それが大きい違いじゃないかと思います。
……えー、あまりそういう個人的な、いい加減なことを言うのも気が引けますので、もう少し展覧会自体のことを話しましょう。
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