4月15日(土)から5月28日(日)まで、三鷹市美術ギャラリーで「詩人の眼―大岡信コレクション展」が開催されている。

「折々のうた」などでひろく知られる詩人・大岡氏であるが、古くからの美術ファンに限っていえば“美術評論家・大岡信”との印象も少なからずあるのではないだろうか。過去に刊行された芸術論集は多く、解説
翻訳、寄稿までを含めると美術の分野においても、この詩人の果した貢献は計り知れない。平明な言葉で常に我々を芸術の核心部分に導いてくれる語り手の所蔵美術品が公開されている。愛好家にとって見逃すことのできない展示だろう。

ピカソの版画から三好達治の書まで、400点あまりという所蔵品のなかから厳選された約150点の展示。展示作品の多くは、戦後から現代に至るまでの時期に制作された、いわゆる現代美術の作品である。しかしこれを単なる現代美術の個人コレクションとだけ位置づけてしまうと、この展覧会の醍醐味を味わい尽くしたことにはならないかもしれない。

美術品の作者の多くは、なんらかのかたちで大岡信と直接的なかかわりをもつ人びとであり、そこには作者とコレクターという親密な関係が存在する。加えて大岡には、詩人という表現者の立場にあって美術批評の分野に深くかかわってきた経緯がある。従って、このコレクションは戦後美術(とくに1950年代後半以降)の展開に足跡を残した詩人・大岡信の“視点”というフィルターを通過したものといえるだろう。展覧会のタイトルにもある「詩人の眼」とはそうした意味合いのネーミングではないだろうか。「詩人の眼―大岡信コレクション展」は、美術品とともに、戦後美術と詩人とのかかわりまでを概観する企画と捉えることができそうだ。

三鷹市美術ギャラリーは小ぶりな美術館というほどだが、壁面の入り組み等に工夫がなされて150点という数の作品を無理なく収めている。その親密な空間で見かけた入館者には中高年の方々が比較的多かったように思えた――日頃、詩人の著作に親しむ人たちであろうか。一方で20代とおぼしき若者たちが作品に見入る姿も記憶に残る。

「現代美術」という言葉には硬質で近づき難い印象があるのと同時に、未知のものに対する好奇心をそそるような響きがある。オブジェや彫刻の前で立ち止まり、その構造を確かめようと首を傾け熱心に覗き込む姿は、「アート」という包括的な言葉によってその境界が曖昧にされつつあるこの時代にあっても、人が未知のものに接近していく際の原初の姿勢を体現しているように思えた。そこには、造形物がもつ「わかる、わからない」を越えた次元の力が作用しているのではないだろうか。作品と作者、そしてそれらと詩人との関係を観る(あるいは読む)ためのヒントとして、作品の横には詩人によるコメントのプレートも掲げられている。



展示作品のいくつかについてふれたい。版画家・駒井哲郎[1920〜1976]の《物語の朝と夜》は、大岡の原作詩をもとに制作されたものである。1958年の書肆ユリイカ創立10周年記念「ユリイカ詩画展」で、若手詩人と美術家の組み合わせによる合作が企画されたが、この作品は駒井が大岡の詩集「記憶と現在」から二編を選んで銅版画にしたうちのひとつ。明暗の諧調表現に適したメゾチントの技法が詩情を再現して美しい。

大岡はこの1958年に駒井と出合った。今回の「大岡信コレクション展」では、その後の大岡が東京日本橋の南画廊で知り合った美術家たちの作品が数多く展示されている。
嶋田しづ、宇佐美圭司 、宇佐見爽子、加納光於、多田美波、福島秀子、榎本和子、前田常作といったメンバーは今から思えば錚々たるものに違いないが、当時すでに注目されていた駒井を除けば多くは頭角をあらわし始めたばかりか、もしくは無名に近い新人であった。大岡がその若き日の友として同世代に近い彼らと親交を結んだのは、どちらかといえばマイナーなもののなかにひそむエネルギーに注目し、そこに見い出した才能に向ける暖かい眼差しがあったからではないだろうか。

――画家・宇佐美圭司氏は詩人より10歳ほど年下の友人であるが、本展カタログへの寄稿で、かつて大岡氏が対談のなかで使用した「他者にぶつかる」という表現を引用して、「より一般的な出合うといういい方より強くて身体からぶちあたるようなひびきがある」と書いている。南画廊は、現代美術を紹介する画廊として先駆的な役割を果していた東京画廊から独立して、新たに創立されたものであった。海外の作家の紹介にも積極的に取り組んでいたこの画廊には、同世代や、ときには世代を越えた表現者たちの“ぶつかり合い”の場が出現していたようである。

瀧口修造[1909〜1979]の《リバティ・パスポート 詩人旅行必携 大岡信のために》は、本体が8.2×7.0cmというサイズのオブジェ。もちろん公的なパスポートではなく、1963年、読売新聞を退社してパリ青年ビエンナーレ詩部門に参加するため渡仏する大岡に対して、同じく詩人で美術評論も手掛けていた瀧口が制作し贈ったものである。瀧口は戦前からのシュルレアリスム運動の推進者であり、こうしたオブジェやデカルコマニーなどの制作にも長けていた。

● 駒井哲郎
《物語の朝と夜》1958年
● 瀧口修造
《リバティ・パスポート 詩人旅行
必携 大岡信のために》1963年

 
● 嶋田しづ
《赤藍雲に乗って Riding on a summercloud》
1985年


戦後美術界の民主化、活性化に貢献したのは「連合展」(=美術団体連合展、毎日新聞社主催 1947〜1951)や「読売アンデパンダン展 」(読売新聞社主催 1949〜1963)など新聞社主導の文化活動であったが、とくに「読売アンデパンダン展 」は、その“無審査、無賞、自由出品”という方針が引き金となって一部の過激な表現の発表の場と化しつつあった。結果としてこうした企業主導型の文化活動は衰退していくものの(64年の第16回の直前に主催者が展覧会の開催中止を宣言した)、突然の展覧会中止は現代芸術の存在意義そのものが問われる事態であった。大岡の学生時代からの友人で美術評論家の東野芳明は、このときに「反芸術」という言葉を生み出して記憶されている。

大岡が渡仏した1963年は日本の美術界にとってそうした波乱の時代にあたり、瀧口から壮行のしるしとして贈られた「リバティ・パスポート」が、ひとりの詩人からもうひとりの若き詩人に手渡されたものであるという事実は、戦後芸術が個人のなかに根をおろしていく過程の象徴的な出来事といえるかもしれない。

● 宇佐美圭司
《ホリゾント・朱土》1997年
● 宇佐見爽子
《大岡信肖像》1990年
雑誌『世界文学』表紙原画
● 菅井汲
《FORET AU SOLEIL》1967年

 

『現代美術に生きる伝統』

文章家にとっての本とは作品発表の場であり、ときにはその本自体が作品となり得るだろう。今回の展覧会には大岡と造形作家たちによる共同制作が多く出品されている。“共演”の意味なら書籍とその表紙を飾った絵画もコラボレーションのひとつといえる。宇佐見爽子は1985年に、彼女が描いた絵に大岡が詩句を書き込むという展覧会を開催したが、後年大岡を特集した雑誌表紙のために《大岡信肖像》を描いた。

菅井汲の《FORET AU SOLEIL》は、大岡の美術論集『現代美術に生きる伝統』(新潮社1972年刊)の表紙にも使用された記念すべき作品である。
52年に渡仏してパリ在住の画家となった菅井は、63年にパリ青年ビエンナーレ参加のためにフランスにやってきた大岡と意気投合し、大岡の朗読に菅井の墨書というパフォーマンスの共演を果した。また二人は、1983年にも日本で同様の即興制作のイベントを開催している。


● 加納光於/大岡信の共同制作
《アララットの船あるいは空の蜜》1971-72年
● 加納光於


 大岡氏と加納氏(右) 展覧会場にて

展示作品中で最も多いのが加納光於による作品だった。これは加納自身の作品の他に、詩人と造形作家という関係で大岡&加納の共作が数多く残されているからである。

《アララットの船あるいは空の蜜》はその代表作ともいうべきもので、木製の箱にさまざまな物体が収められたオブジェ。35点制作されたもののうち唯一黒塗りの箱のものが大岡コレクションとして展示されている。密閉された箱の心臓部分にはこの作品のためにつくられた大岡の詩集が収められ、その詩集は制作後30年を経た2002年に『大岡信全詩集』(思潮社)で初めて公開された。読まれることのない言葉(詩)が造形物と一体化してその構造を支えるという作品は、どこか精密に機能する人体内部を覗くような不思議な気分にさせる。発表された当時から美術雑誌等で話題にのぼった作品である。


「大岡信コレクション展」
カタログ

会場には海外作家の作品も展示されている。とりわけ大岡と終生の友情で結ばれたサム・フランシス[1923―1994]については、サム自身が《大岡の月》(1964年頃)と命名し贈った作品をはじめとする数点が並べられた。著作権等の関係で作品の図版そのものを紹介できないのが残念だが、サムが57年頃から採用し始める、白地に鮮やかな原色の形象を配したスタイルの作品群である。《大岡の月》はトリミングされて本展カタログ表紙にも使用されている。

アメリカ・カリフォルニア州生まれのサム・フランシスは1950年パリに赴き二年後の個展で注目された。57〜58年には一年有余の世界旅行に出て57年秋に滞日、東京と大阪のデパートで個展を開催、草月会館の地下劇場に大壁画を描いている。大岡とは東京・南画廊での最初の個展(61年)の準備で来日した際に出合う。当時の個展のカタログには、瀧口修造の序文と大岡信の詩(『サムズブルー』)、東野芳明による詩などが掲載された。

今回の「詩人の眼―大岡信コレクション展」では、大岡がサムに依頼されて書いた英文詩にサムの絵を組み合わせた〔WATER BUFFALO〕(制作年不詳)というリトグラフ作品までが公開されている。現代絵画の巨匠であるサムの数点が、人と人との絆によってひとりの詩人のもとに集められたことに改めて驚きをおぼえた。 サム・フランシスの作品をハイライトとして、展覧会は戦後美術のたどった歴史の余韻を湛えながら開催されている。






『ポロック』

1963年にパリ青年ビエンナーレに参加した大岡信は同年、画集『ポロック』(みすず書房刊)の解説を執筆している。戦後のアメリカ美術界が生んだ最初のスター、ジャクソン・ポロックの短い生涯と当時の現代美術が置かれた状況についてふれた巻頭の文章には次のような一節がある。

「今日ほど、画家が自分の画家としての適格性について懐疑的であることを強いられる時代もないだろう。それは現代絵画とは何か、ということについての明確な、万人向きの基準がどこにもないということから生じる当然の結果である。

印象派以降、近・現代美術の分野で敢行された芸術上の実験は、さまざまな様式と“イズム”を生み出してきた。その造形物については、造る側にも鑑賞する側にも基準のない時代であるという認識。こうした状況に対して進むべき道はあるのだろうか。大岡は「このことを楽観するか悲観するかは人それぞれの見方によることだが」としながら、「この無数の有名無名の芸術家たちは、しかしながら、本質的な意味で、かつてないほど孤独な単独航海者であることを運命づけられている」と結ぶのみである。

「孤独な単独航海者」とはまた観る側のことでもあるだろう。美術作品を観るという視覚上の愉しみは、そこに出現した作品世界を受け入れ、あるいは拒否するといった精神活動と表裏一体を成している。ときに晦渋とさえ受け取られかねない芸術と対面する歓びの本質は、そのあたりに探すべきものだということだろうか。

詩人・大岡信は、その感性と知性とを駆使して現代美術を見据えてきた。今回の展覧会は、その意味で、戦後の現代美術史を垣間見る貴重な機会となった。






【会 期】 2006年4月15日(土)〜5月28日(日)

【観覧時間】 10:00〜20:00(入館は19:30まで)

【休館日】 月曜日

【観覧料】 会員480円・一般600円・学生(高・大)300円 →割引入場券
 65歳以上、中学生以下及び障害者手帳等をお持ちの方は無料
 20人以上の団体(一般)は2割引き

【主 催】 (財) 三鷹市芸術文化振興財団・三鷹市美術ギャラリー、朝日新聞社

【出品作家】
 
 相沢常樹、ハンス・アルトゥング、安野光雅、井田照一、一柳慧、今井俊満、宇佐美圭司、宇佐美爽子、
 榎本和子、大築勇吏仁、岡田輝、クレス・オルデンバーグ、加藤楸邨、金子國義、加納光於、
 アレクサンダー・カルダー、清水九兵衛、クリスト、黒田征太郎、駒井哲郎、嶋田しづ、
 ジャスパー・ジョーンズ、菅井汲、曽宮一念、高橋秀、瀧口修造、多田美波、谷川晃一、丹阿弥丹波子、
 ジャン・ティンゲリー、東野芳明、利根山光人、中西夏之、野崎一良、萩原朔太郎、マリエル・バンクー、
 パブロ・ピカソ、ジャン・フォートリエ、福島秀子、藤松博、藤原雄、舩木研兒、サム・フランシス、
 ベルナール・ノエル、前田常作、三好達治、ジョアン・ミロ、本宮健史、安田侃、オディロン・ルドン、
 柿沼和夫

【巡回予定】

 静岡・グランシップ (2006年8月3日〜28日)
 福岡県立美術館 (2006年11月8日〜12月10日)
 
足利市立美術館 (2007年2月10日〜3月25日)



 
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