第19回 / 2007.04.04

ポール・セザンヌの絵画 (2)

 

ポール・セザセンヌ
サント=ヴィクトワール山

(1887―90年制作)
第3回オルセー美術館展(2007年)
 

―― 逆に言うと、《サント=ヴィクトワール山》(第3回オルセー美術館展)についても、山を描いた作品ではあるけれど本質的には「風景画」ではないということですね。

山という題材が問題なのではなくて、はるか彼方に見えるそのマッス(量塊)を画面のなかに移して再構築することが目的であり、形態やそれを包む空間そのものがテーマになっていると。だから一方で人物を描けば《セザンヌ夫人》のような人物画にもなるのだと。

しかし、どちらの作品にしても、こちらに訴えかけてくるつよさがありますよね。

高橋 サント=ヴィクトワール山の、自然の空間のなかにおける存在そのものを描こうということなのでしょう。自然な形態と空間がもつ「法則」のようなものを探して画面に定着しようという意図がみられます。セザンヌの作品の素晴らしさは、そうした確固たる造型性を追求し続けた点にあると思いますね。

―― 見えたままをそっくり再現する絵でないことも、あえてそれを美化しようという意図がないことも、この作品からはストレートに伝わってきます。

高橋 セザンヌという人はすごくラジカルなそういう面をもっている画家で、セザンヌ夫人の肖像にしても、実はモデルの性別でさえよくわからないような絵ですよね。対象の本質的な部分だけが画面にでてきているという……。

―― そうすると「サント=ヴィクトワール山」について解説しても、人物を描いた作品について解説をしてみても、結局は同じことになるわけでしょうか。我々はそこに画家が見つけ出した「自然の法則」を見ているだけであると。

高橋 この画家のピュリスム(純粋主義)ですよね。

 

第20回 / 2007.04.06

オディロン・ルドン 《目を閉じて》

 

オディロン・ルドン
《目を閉じて》

油彩(1890年制作)
第2回オルセー美術館展(1999年)
 

―― 第2回展に出品されたオディロン・ルドンの《目を閉じて》ですが、44×36センチメートルという小品にもかかわらずスケールの大きさを感じさせる作品ですね。

高橋 ルドンも、セザンヌと違う意味での原理主義、あるいはピュリスムなのでしょうね。

この画家の場合は造型のなかで再現される物質的なものについてはほとんど関心がなかったでしょうけれど、存在のありようとしての“内面のピュリスム”とでもいうか……制作の根底にあるのは、人間を人間としてとしている精神性をどこまでピュアに描けるか、という関心なのだろうと思います。

―― この目を閉じた人物の表情は、ルドンが絶賛していたミケランジェロの彫刻《瀕死の奴隷》に倣ったものということですが。

高橋 目を閉じた状態というのは、逆に“見ること”にもう一度立ち返らせることになるのでしょうね。眼差しを閉じることで……。

―― あらためてそこで見るもの、見えてくるものがあるということでしょうか……。

ルドンの作品についてもこのオルセー美術館展では油彩画の名品が次々と紹介されてきました。美術展としても力を入れてきた部分だと思いますが。

橋 ルドンにはパステルで描いた名品もたくさんあります。パステルは発色が素晴らしく、ルドンは油彩以上に好んで使っていました。でも残念ながらこの描画材料は脆弱なので、作品の移動が難しいんです。固着材がほとんど含まれていないため紙に定着せず、すぐにパラパラと落ちてきてしまうわけですよね。

パステル作品はどんなに慎重に輸送しても、よく見れば必ず粉が落ちています。私も展覧会の作品点検で何度もそれを見ています。もし自分が作品の所有者だったら絶対移動させたくないですよ。ルドンの展覧会をやろうとするときには、いつもそこがネックになります。現在開催中のオルセー美術館展では油彩とデッサンしか並べることができませんでした。

オルセー美術館のルドンの展示室には、本当に神秘的で美しいパステル画が並んでいますけど、その部屋の作品は日本にもってくることができないんですね。これは実際にオルセーに行って見るしかないわけです。あのほの暗い部屋で見るルドンのパステルの色彩の輝きは格別なものがありますが……。

オディロン・ルドン
《キャリバンの眠り》

油彩(1895―1900年頃制作)
第3回オルセー美術館展(2007年)
 

―― しかし一連のオルセー美術館展で来日した作品だけでも、ルドンに関する部分はとくに充実していると感じます。こうした作品をまとめてみても興味深い展示が可能ではないでしょうか。

高橋 ですから、将来は一度ルドンの作品を中心とした展覧会を組み立ててもいいと思いますよね。でも今言った理由でパステル作品は難しいですけれど……。

それからオルセーには版画コレクションが無いので、これもルドンの作品を追う場合にはちょっと決定的な欠落になりますよね。ルドンの黒と白の特異な石版画やエッチングは魅力的ですからね……フランスの場合は国立図書館の版画部が版画コレクション担当です。

 

 

 

第21回 / 2007.04.08

モーリス・ドニの人と作品 (1)

 

モーリス・ドニ
《青いスボンの子供》

(1897年制作)
 第3回オルセー美術館展(2007年)
 

高橋 ドニは、たぶんこの3回のオルセー美術館展を通じてかなり知名度の上がった画家ではないかという気がしていますけどね。去年の秋もオルセー美術館ではドニの大展覧会が開催されたばかりです。

わりと忘れられかけていた作家ですけれど、この20〜30年で徐々に再評価されてきましたね。実際に日本には戦前のかなり早い頃から作品もはいってきていました。早い時期から知られていたし、日本との交流も様々な形であったんですね。パリで実際にドニの教えを受けた画家もいますし。松方幸次郎をはじめ、日本人収集家のコレクションの中にも結構ドニの作品があります。

―― 1981年に国立西洋美術館で「モーリス・ドニ展」が開催されましたが、あれが日本で最初のドニ展だったのでしようか。

高橋 西洋美術館で開催されたものが最初ですね。

―― この画家については、作品は穏やかな印象を与えますが、芸術上の思想に関しては理論派であり過激な人ですね。彼の有名な言葉には「絵画とは、――軍馬とか裸婦とか、あるいは何らかの逸話である前に――一定の秩序のもとに配された色彩によって覆われた、平らな面であることを忘れまい」といったものもあります。

高橋 そのあたりのズレですよね。それがこの人の不思議な特徴で、自分自身でも後から自分の描いた作品をもう一度見返して再度ストーリーをつくっているようなところがあるんですよ。

―― “後付け作品史”のような?

高橋 カトリックの信仰の篤い、とても家庭的で大人しい人なのだけれども、一方で戦略的な人でもあるんですよ。たぶんそれが過剰であったがゆえに、“この画家はいったい何だったんだろう”という、見る人に困惑を与えるようなところがありますね。ボナールやヴュイヤールのように自分ではあまり語らずに作品だけを残していった人とはちょっと違うんですね。

―― けっこう損をするタイプということでしようか。

高橋 逆に敬遠されてしまうという。理論を読むと色々なことが書いてあるのだけれど、作品を見てみるとその理論とズレがあると感じるんですね。このあいだ、生地であるパリ郊外のサン=ジェルマンアン=レーでこの人のデッサンの展覧会があったのを見ましたけど、ホントに若いときから石膏デッサンとかが、西洋的な意味で言って下手なわけです。空間が全然描けていなくて、絵がフラットなんです。

―― ドニの場合は西洋絵画の描き手としては下手だったことが、逆に長所になっていたということもありそうですね。

 

第22回 / 2007.04.10

モーリス・ドニの人と作品 (2)

 

モーリス・ドニ
《メルリオ家の人々》

(1897年制作)
 第2回オルセー美術館展(1999年)
 

高橋 彼はナビ派のような平面的な絵画にホントに向いていたんだなと思いますね。この人の空間感覚は、ある意味でアジア人のものなのかと……日本人なんかの空間感覚に似ているんですよね。三次元的な深い空間はとても描けなかった。

私の若い知人でドニを研究している女性がいますが(このサイト「オルセー美術館秘話;ドニ家との交流」でクレール・ドニと3人で写真に写っています)、彼女なんかは、ドニの平面的な世界が好きで、「自分も世界をわりと平面的に認識しているような気がする」と言っています。でもその感覚はきっと正しいんですよ。

日本人は大和絵など見ても、決して三次元的な空間把握はしませんよね。それってつまり日本画には光を描く、影を描く、という感覚が無いのと繋がる。キアロスクーロ(明暗の階調)で立体把握をしようという欲望が乏しいんですね。

それに対して西洋人が遠近法的に空間を把握しているのって、きわめて観念的な世界であると思いがちなんですが、日常的な感覚としても、三次元的なものの見方、空間の把握の仕方ってあると思うんですよね。やっぱり、地平線までクリアに見える湿気の少ない、なおかつ柔らかな光のヨーロッパ世界では無意識に物を立体的に見る訓練が自然になされると思います。そういう中でドニほどそれが出来ていない画家もまた珍しいというか……生まれながらの「ナビ派」ですよね。

―― それが、近年この画家の人気がじわりじわりと上がっている理由のひとつかもしれませんね。

高橋 そうですね。生来日本人みたいな空間感覚があるんですね。それが日本の美術ファンのあいだに浸透してきたのかもしれません。


 

 

第23回 / 2007.04.12

ピエール・ボナール《化粧》

 

ピエール・ポナール
《化粧》

(1908―14年制作)
 第2回オルセー美術館展(1999年)
 

―― 同じナビ派でもボナールの場合は少し違うようですね。第2回展に出品された《化粧》を見ていると、単に穏やかで官能的な表現の画家とばかりもいえないような……。いろいろな意味で不思議な画家という気がしてきます。

高橋 この作品は画面に鏡の効果を取り入れて、絵画作品としても非常に複雑な空間をつくっています。

しかしそれだけではなくて、まずボナール自身が謎めいた人物ですよね。自分を語るということをほとんどしなかった人で、ボナールの奥さんはマルトという名前でお風呂が大好きな人でしたが、彼女が入浴をする情景ばかりを描いてみたりとか、それこそプライベートで「窃視」的な、夫以外の者は絶対に見ることのないような写真をたくさん撮ってみたりとか……非常に怪しげな人ですよね。

ボナールはアンティミスト(親密派)で優しくて、家庭的で、っていうイメージがありますけど、本当はその逆かもしれませんね。

―― 何か家の中にストーカーでもいるような……。

高橋 そう。非常に倒錯的な、秘めやかな世界をもっている人ですよね。でもたぶん一般の人たちは、ボナールの明るくて華があり、装飾的で綺麗なところしか見ていないと思いますけど、それだけの画家ではないでしょう。日常性の中にとても形而上的な部分を秘めていますし、どこかにシュールな感覚を漂わせた人だと思いますね。

―― 鏡を取り入れて画面に別の空間を導入したこの作品については……。

高橋 ワシントンのフィリップス・コレクションにたくさんありますが、とくに大型の画面で庭や家の中を描いた作品では――人物は描かれているのだけれども人間が「不在」で、色彩と空間だけが増殖しているような不思議な作品がいっぱいありますね。

先程も言ったように、この作品でも鏡の効果は幻惑的で、裸体の女性―たぶんマルトですが―の肉体性は希薄になり、空間もどういう構造なのかが曖昧になり、逆説的に全てが絵画の二次元の世界に還元されているんですよね。それをきわめて淡々と絵画的にやっているように見えるので、見ているほうはあまりその事を意識しないんでしょう。美しい色彩に覆われた日常の世界の妖しさ、不思議さ。私はけっこう好きな画家ですね。

 

第24回 / 2007.04.14

ジャン=フランソワ・ミレー 《グレヴィルの教会》

 

ジャン=フランソワ・ミレー
《グレヴィルの教会》

(1871―1874年制作)
 第3回オルセー美術館展(2007年)
 

―― 《グレヴィルの教会》はミレー晩年の作品ですね。この画家には孤高の人というのか、周囲からは距離をおいていた人というイメージがあります。主に作品から受ける印象かもしれないのですが、そういう雰囲気をつくっていた芸術家ということになるのでしょうか。

高橋 19世紀の画家は、多かれ少なかれだいたい皆そうですけど「お坊っちゃん」じゃないですか。結果的には貧乏をしていたり、ボヘミアンをしているけれども、自分が育った家はそこそこ裕福な家庭なんですよね。

だけれどミレーの場合はどちらかというと、質素な、田舎の寒村の出身です。同じように田舎の出身といっても、クールベなんかの場合は大地主の息子ですし、バジールだって南フランスの大ブルジョアの息子だし……。みんなミレーの育った環境とは違いますよね。

―― ミレーにはお馴染みの《晩鐘》や《落穂拾い》といった作品があります。誰でも知っている名作ということですが、あのような作品は、ほんとうに農民達のつつましい生活につよい共感を抱いて制作された作品なのだろうかという疑問もあるのですが。

高橋 そういう面はあるでしょうけれども……。

―― 芸術家の内的な必然性よりも、画家という職業上の必要で狙って描いた作品ではないかという気がしています。

高橋 それはもちろんありますよ。あの当時の“田舎へ行こう”“自然に帰れ”みたいな風潮に合わせて狙っているところは多分にあると思いますけどね。

まあ、有名な話ですけれど、ミレーは糊口をしのぐためにポルノまがいのエロティックな絵もいっぱい描いていたわけで、ただの朴訥な堅物という人ではないはずです。

―― 「自然志向」を意識的にアピールするような……。

高橋 そうです。実際、当時のバルビゾン村、つまりパリの南の広大なフォンテーヌブローの森一帯は19世紀の前半からすでにそういった自然志向の人びとによって守られ、次第に自然公園のはしり的な存在になっていったのです。 世界最古の自然公園アメリカのイエローストーン国立公園が1872年に出来たわけですが、ヨーロッパでも早い時期から自然保護の意識が芽生えていたんですよね。

だけれも、彼が生まれた村の教会を描いたこの《グレヴィルの教会》を見ると、そんな「ヤラセ」意識は別にして、やっぱり彼の原点はこういうものなんだろうなって思いますね。素直な気持ちで描いた本当に綺麗な絵ですよね。

―― この作品については何の誇張も感じませんし、個人的には初めてミレーの絵をいいと思いました(笑)。もしかして同じような気持ちになった人たちもいらっしゃるかもしれません。

高橋 そう思いますね。本当に自分の原点の風景というものを描いていますからね。立原道造ではないのですが、「……夢はいつも帰っていった、山の麓の寂しい村に」といった感傷的な気分に満ちていますよね。それでいて決して暗くは無い……。不思議な明るさがあります。

ミレーの最晩年に描かれた作品ですが、得てして長生きして老境を迎えた画家の最晩年の作品ってこういう明るさに満ちたものがあるじゃないですか。私はよくティツイアーノとかミケランジェロ、あるいはゴヤとかドラクロワなんかの最晩年の作品を思い浮かべるんですけれど、みんな肩の力が抜けて、フワッとしたところがあるんです。どんな悲劇的な題材を扱っても、なにか達観したような、光が射している感じで……。

あと面白いのは、この作品はミレーのアトリエに最後まであって、画家の亡くなった後国が買い取り、当時の現代美術館であるリュクサンブール美術館に展示しました。それをすぐにゴッホが見て、とても褒めるんですよね。

セザンヌもこの作品が好きで写真を持っていました。そして、ゴッホの晩年の傑作《オーヴェールの教会》(オルセー美術館)はこのミレーの作品を念頭に置いて描かれたと言われています。そういうことなんかを考えると、こういう作品の力の伝わり方ってとても面白いですよね。

 

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