第25回 / 2007.04.16

ホイッスラー
《灰色と黒のアレンジメント第一番、画家の母の肖像》

 

ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー
灰色と黒のアレンジメント第一番

(1871年制作)
 第3回オルセー美術館展(2007年)
 

―― ホイッスラーはイスギリスとフランスで活躍したアメリカ人画家ですが、19世紀当時のヨーロッパで外国人の作家はどういう評価のされ方をしていたのでしようか。というのも、このホイッスラーの作品については、例えば印象派の絵画に見られるような“フランス的な明るさ”という意味で少し足りないという気がするのですが。

高橋 でも、レアリスムを通してある種神秘的な雰囲気をかもし出す、ファンタン=ラトゥールの作品あたりとは近いようなところがありますね。

―― より重厚というのか、一種ストイックな雰囲気を持った絵画という印象を受けます。

高橋 そういう意味でいえば、フランス人のもっている近代絵画の感覚からすると、とても暗い絵ということになるかもしれませんね。ここで言う「暗さ」とは画面の物理的な色彩の明るい、暗いだけでなく、主題、表現の内容などのことを指しているわけですが。実際、パリで展覧された時には、そんな風な暗さを揶揄されていたこともあります。

―― その暗さは、フランス絵画のなかに伝統的にあった暗さとは違いますね。また、オランダなどの北方系の絵画にみられる暗さとも違う気がします。そこがまた魅力ともいえそうですが。

高橋 確かにヨーロッパの絵画とは違いますね。また現代のアメリカ美術、例えばサム・フランシスなどをみると画面はとても明るいですね。20世紀のヨーロッパ美術と比べても、皆とても明るいです。もともとのアメリカ文化そのものに内在していたキリスト教的「原罪」の無さ、とでも言うのでしょうか、本質的な明るさがありますよね。ピカソなどをはじめとして、ヨーロッパの近代美術は色彩は明るくてもなにか本質的に暗いですよね。

ホイッスラーのいた19世紀当時のアメリカ文化というのは“植民地的な暗さ”を引きずっているところがありますよね。その“暗さ”というのは、たぶん「ピルグリム・ファーザーズ」のようなイギリスのピューリタニスムが基礎にあるからでしょうが。……原理主義的な暗さ、とでもいうのでしょうか、「禁欲主義」みたいなものがありますね。

近代アメリカに大きな影響力をもったヴィクトリアンなどの近代イギリス文化がそもそもこうした禁欲的「暗さ」をベースとして持っていたわけで、そういう意味でホイッスラーの暗さは説明できるんじゃあないでしょうか。

それから一見反対のベクトルみたいですが、近代ヨーロッパ譲りの一種のロマン主義・資本主義の結果。大体アメリゴ・ヴェスプッチやコロンブス以来の「アメリカの発見」そのもの自体が、こうした近代ヨーロッパの欲望の発露だったわけで、そのつけがこうした「暗さ」に至ったと言えるかもしれません。

現代のアメリカ美術が明るいのは、ヨーロッパのコロニアルなものを脱却した時点ではじめて明るくなったというか、20世紀後半のヒッピー文化などを経験していった結果、少しづつ本来の非ユダヤ=キリスト教的な、素朴な明るさに戻ったのでしょうね。

―― そうすると、こうしたアメリカ系(?)美術は、ある種の違和感をもってヨーロッパで受け入れられていた、ということになるのでしょうか。ホイッスラーについては、そうした時代にあってとくに異彩を放ち、一定の評価を受けた存在であったと。

高橋 そうですね。もともとアングロ=サクソン系の美術はヨーロッパ大陸ではマイナーな存在で、アメリカ合衆国の作家たちもそういう延長線上にいたわけですよね。

ただ、19世紀はじめのアメリカでは独立戦争以来の歴史的な経緯もあって、一種フランスを文化的な規範としていたところがあったので、結構フランスとは縁が深かったのですよね。アメリカ美術の確立はこのホイッスラーの頃から具体的に始まっていったということでしょうね。実際には19世紀には大変な数のアメリカ人作家たちがパリを中心にヨーロッパにいました。

この作品については、地味だけど、構図なども含めてとても洒落 た絵です。レアリスムを飛び越えて、直接象徴主義の世界に入っているような先駆性もありますね。音楽を暗示するタイトルからしてそうですよね。ローデンバックら象徴派の詩人たちにも感銘を与えた、ホイッスラー芸術を代表する作品です。

前回のオルセー展に出たウインズロウ・ホーマーの《夏の夜》なども大変印象的な作品でしたが、個人的には19−20世紀のこういったアメリカの近代画家たちは、これから日本でも是非紹介したいです。

 

第26回 / 2007.04.18

ジョルジュ・スーラ《ポール=タン=ベッサンの外港、満潮》

 

ジョルジュ・スーラ
ポール=タン=ベッサンの外港、満潮

(1888年制作)
 第3回オルセー美術館展(2007年)
 

―― 写真ではわかりにくい部分もありますが、この作品ではすべての色彩が点の状態で画面に置かれています。いわゆる「点描」による作品ですね。

現代にも通用するこの技法をひろめた功績もさることながら、「新印象主義」と呼ばれた画家のグループのなかで、このスーラだけは別格の感じがあります。何よりもその作品の完成度の高さは他の追随を許さないものですね。

高橋 今回の作品では、画面に合わせて額にまで点描で絵具を塗り込んだりしていますからね。額まできちっと作る人で、そういうところにも徹底して力を入れていた画家でした。

―― この画家の登場は19世紀の美術界にとってどんな意義があったのでしょうか。

高橋 スーラがでてきたのはかなり衝撃的な出来事でした。彼が絵画の分野に与えた影響というのは相当なもので、1880年代の後半から90年代、さらに20世紀の初頭あたりに仕事をした画家たちは皆がスーラの影響を受けたわけです。

今思い出すだけでも、ピサロやゴッホ、さらにピカソ、ブラック、マチス、ドラン、そしてモンドリアン、ボッチョーニ、カンディンスキー、モディリアーニなど、19世紀末から20世紀初めの画家たちはほとんど例外なく一度は「点描」のスタイルで描いて いますからね。あの時代の画家で点描をやらなかった人を探す方が難しいくらいです。

―― 点描技法の出現はそれほどの出来事でしたか。

高橋 それまでヴェネチア派の画家たちやベラスケス、ドラクロワや印象派の人びとが経験則に基づいてしていたことを一気に理論化して、光学理論を武器に、筆による絵の具の操作をここまで追い込んだわけです。

でも実際にやってみると時間はかかるし難しいし。普通の気質をもった画家ではこれはなかなか続けられないんですね。皆が一度は真似をしてみるわけですけど、とても長く続けられるものではなかったということです。原理主義的にやっていけばいくほど、画面は得体の知れない実験場みたいな感じになっていくことを、皆すぐに悟ったんだろうと思います。

―― 絵画技法としては後世に残るものであるけれど、画家の生涯を賭けて全うできるものではないだろう、ということですか。そうすると、それを完遂したスーラという画家の存在そのものが貴重ですね。

高橋 そこがやはりスーラはスーラなのであって、彼ほどこれを徹底してできた人はいません。何ごとも徹底してやってみないと見えてこないものがある、というのはスーラの作品をみているとよくわかりますね。

点描を通して全てが分析的に解体した結果、眼の前の世界は全く別の次元のものに変貌するという、そのいわば魔術的な瞬間をこの画家は垣間見たのですよね。

でも彼が若くして亡くなってしまったことや、作品数の極端な少なさを見ると、なにかスーラがこの技法と心中してしまったような気にさせられるのは、決して私だけではないのではないでしょう。友人であり、直接の後継者であるシニャックはずっとこの技法に忠実でしたが、決してスーラの作品のような緻密で構成的・禁欲的なものではないし、それだけ神経の使い方も違ったのではないでしょうか。

 

第27回 / 2007.04.20

エミール・ベルナール《ポワ・ダムールのマドレーヌ》

 

エミール・ベルナール
ポワ・ダムールのマドレーヌ

(1888年制作)
 第3回オルセー美術館展(2007年)
 

高橋 このエミール・ベルナールという画家は、ゴッホともゴーガンとも、セザンヌともうまくやれた人なので当時の前衛的な画家仲間の“潤滑油”的な役割を果たした人ですね。

《ポワ・ダムールのマドレーヌ》は、妹のマドレーヌを描いた作品ですけれど、二人は非常に仲のいい兄妹だったんですね。兄の芸術のとても良い理解者でもあった。だから彼は妹の肖像を何枚も描いているし、ゴーガンもまたこの「神秘的な美しさを持つ」彼女の肖像を描きました(グルノーブル市立美術館所蔵)。

マドレーヌは、ベルナールの僚友のラヴァルと結婚してすぐにエジプトにいきましたが、そこで死んでしまいましたね。そういう薄命の人でした。

―― 兄妹間の逸話というか……そういうお話を聞くとこの絵の見え方も変わってきますね。知らなければ、ただモデルに頼んで森の中で横になってもらって描いた作品かと思ってしまいますし。

高橋 実際にこのポンタヴェンの「愛の森」と呼ばれるところに行ってみると今でもこういう感じの場所なんですね。こんなふうに樹がポソッ、ポソッと生えていて、小川が流れていて……なにか沖縄あたりのマングローブの林、あれの北方版のような感じです。

この作品のなかで彼の妹は「妖精」、あるいは「大地の女神」なのでしょうね。キリスト教が伝播する以前の古いケルト文化の化身のような感じで描かれています。

―― この絵では、対象を色面化して黒の輪郭線で囲むベルナール独自のスタイル(クロワゾニスム)がすでに始まっているようですが、この作品を描いた1888年に、彼はゴーガンと出逢っていますね。そこで一緒に「綜合主義」の運動を推し進めています。しかし、最先端の前衛画家の仲間入りをしたにしては、この作品に漂う叙情性というのか“文学臭さ”みたいなものは何なのでしょう。

高橋 当時のイギリスに「ラファエル前派」という絵画運動がありましたね。そのなかでロセッティやバーン=ジョーンズなんかが描く甘美でセンチメンタルな女性像というのがあって、ベルナールもそういうものを取り入れながらラジカルな現代風の様式で描いてみようと考えたのかもしれません。

いずれにせよ、イギリスでもフランスでも、その他のヨーロッパの各地でも、この時期、文学的な唯美主義や象徴主義の美学が全盛だったわけですから、影響が無い方がおかしいくらいですよね。

でもラファエル前派風に描こうにも、まわりにはゴッホ、ゴーガン、セザンヌといった過激な人が多すぎたので(笑)、どこかゴッホ風に、ゴーガン風に、あるいはセザンヌ風に描いたりしていますね。

―― ベルナールも美術史上ではこの時代のキーパーソンの一人であり、その代表作のひとつということですね。

高橋 ブルターニュではゴーガンと一緒に制作し、むしろ彼に影響を与えたと言われていますし、ゴッホとは書簡を交わし続け、その葬儀に参加した数少ない友人の一人ですし、隠遁したセザンヌとの交友も有名ですよね。

不思議な、心優しい人という感じがしますが、実際はどうだったのでしょうね。まとまって作品を見る機会はわりと少ないのですが、画風も理論的・構造的なかちっとしたものからナビ派風の装飾的な作風、またゴッホに影響を受けたのか表現主義的な激しい画面から非常にアカデミックな晩年の作品まで、とてもレンジが広く、ちょっと興味を惹かれる存在です。

そういえば、私が国立西洋美術館在籍中に購入したベルナールの作品がありますが、油彩とリトグラフ、どちらも色彩や筆致が夢幻的で、象徴主義の匂いがぷんぷんするものでした……。

 

第28回 / 2007.04.22

オーギュスト・ルノワール《ジュリー・マネ》

 

オーギュスト・ルノワール
ジュリー・マネ

(1887年制作)
 第3回オルセー美術館展(2007年)
 

―― この作品はルノワールが印象派の様式をやめて新たなスタイルを模索しはじめた時期の作品ですね。

高橋 そういう角度からの見方もありますが、この作品についてはやはりモデルでしょうね。

ジュリー・マネはベルト・モリゾの娘です。父親はエドゥーアール・マネの弟のウジェーヌ。生まれたのは1878年。彼女が結婚するのは1900年だけれども、その相手はドガの弟子の画家で裕福な家に育ったエルネスト・ルアールです。

彼女は小さい頃から家に出入りしていたセザンヌやドガ、ルノワールや詩人のマラルメなどに可愛がられ、大変恵まれた芸術的環境で育ちます。

でも、父親、母親は彼女が十代のときに亡くなり(ベルト・モリゾは1895年に逝去)、その後は周囲の芸術家たちがこの娘を見守っていく。ルノワールとマラルメはこの娘の後見人になり ましたよね。

また蛇足を加えれば、ジュリーと同じ日に結婚式を挙げた従姉妹のジャニー・ゴビアール(ベルト・モリゾの姉エドマが産んだ娘。モリゾの作品《ゆりかご》の中に母親と一緒に描かれている赤ん坊)が結婚したのは、20世紀を代表する大詩人のポール・ヴァレリーなんですね。ジュリーが結婚する1900年までに書いた『日記』が残されていますが(邦訳アリ)、当時の芸術家たちが日常的な姿で登場する興味深い記録です。

―― 人間関係を簡単に整理すると、この少女、ジュリー・マネの母親は画家のベルト・モリゾであり、彼女はマネの弟子でした。ベルトとマネのあいだには師弟関係を越えるような感情も通い合っていたようだが、実際にベルトと結婚したのはマネの弟ウジェーヌだった。その両親をなくしたジュリーの面倒をみたのがマネの親友ルノワールや詩人のマラルメであったと……。

今回の第3回オルセー美術館展の企画には、この女の子をめぐる芸術家たちの人間模様についてもさりげなく見せようという意図が潜ませてあったわけでしょうか。

高橋 そうですね。芸術的な絆で結ばれた家族とその友人関係のなかで、皆がこの小さな娘を守っていく、そう言ってしまうと非常にセンチメンタルで、某放送局の朝ドラみたいな話ではありますが、当時の芸術家たちの日常的な世界が垣間見える人間関係なんですよね。

本人はすくなくてもこの年令ではハッキリと意識しているわけではないのだけれど、マネとベルト・モリゾとか、ルノワールやドガとか、それにマラルメといった……19世紀の重要人物たちのあいだで育った娘ですから、ある意味、象徴的ともいえる存在であったわけです。

だからくどいようですが、当時の美術界をめぐる人間模様の中心的なポジションにいた女の子を描いたもので、ただの女の子の肖像画というのではありません。でもそんなことを知らないで見ても、猫も含めてとても可愛いですけれどね……。それもまた絵を見るひとつのアプローチの仕方で、それでも充分いいような気がします。

―― この作品は、今回のオルセー美術館展「19 世紀 芸術家たちの楽園」では第1章の「親密な時間」に展示されました。このセクションでの主要な作品のひとつと思いますが、一方で第4章の「芸術家の生活」では少女の母親であるベルト・モリゾの肖像がメインの作品として展示されています。

展覧会を見たあとで気がついたのですが、こうした人間関係をめぐるテーマについても重層的というか、畳み掛けるように組み立てられていて、それを順路にそって視覚的に体験していくという展覧会だったと思います。近代絵画の造形的な側面とともに、なにか「物語」を読むような楽しさを味わいました。

 

第29回 / 2007.04.24

ギュスターヴ・モロー《ガラテア》

 

ギュスターヴ・モロー
《ガラテア》

(1880年制作)
 第3回オルセー美術館展(2007年)
 

高橋 昨年秋にたまたまパリに行ったときのことでしたが、モローとその弟子のルオーとマチスの作品を並べる展覧会をやっていまして、まとめて作品を見ることができました。

そのとき展示されていた作品と比べて、今回のオルセー美術館展に来日している《ガラテア》は、本当に描き込んである完成度の高い作品だということが言えますね。

―― 美術学校の教授もしていたモローですが、いくつかの作品を除いて、実は彼自身の作品については途中で投げ出したような作品が多いですよね。

高橋 その通りです。大部分の作品はある意味、作者自身によって途中で放棄されています。

―― 2005年に東京で「モロー展」が開催されましたが、そのときの展示作品についても同じ印象でした。

高橋 モローという画家は、作品を完成させることが出来ないんですよ。

―― それはどういう意味でしょうか。

高橋 基本的にはコンポジションの感覚が弱いのでしょうけど、作品が大きくなればなるほど完成作は少ないですね。

しかし、たぶんそれだけではないのでしょう。「オルセー美術館秘話」のなかでマネの絵についてお話したのと同じようなことが言えるのではないでしょうか。モローにとっても、必ずしもその完成度を高めるのが絵画の目的ではなかった。むしろ“完成させない”という意志が彼にはあって、それが「モダンなもの」の条件でもあったわけですね。完成させてしまうと、そこには非常にクラシックな価値観が生まれてしまいますから。

彼は本当は「完成させたい人」なんですけど、それができない。理由はおそらく、根本的に欠落しているコンポジションの感覚のせいでしょうけれど、一方で、彼のもっている「モダンな感覚」が作品を完成させてくれなかったということもあるでしょうね。自分の弟子であるルオーやマチス、マルケにもその感覚は受け継がれていったようです。

―― 《ガラテア》は、近代の美意識に忠実に従ったモローとしては例外的に完成度を高めた作品だったわけですね。しかしそればかりではなく、そこに表現された独自の神秘性や作品のサイズも含めて、まぎれもなくこの画家を代表する作品という気がします。

高橋 インポテンツなエロティシズムとでも言うべきなのか、独特な冷めた情熱が感じられますよね。もともと、シュルレアリスムの収集家であったロベール・ルベルという人のコレクションに長くあった作品で、わりと最近オルセーに収蔵されたものです。実はその頃秘かに西洋美術館に購入の打診があったのですけれどね……。

―― モローの代表作がこうした形で来日を果した意義は大きいですね。オルセー美術館展三部作の完結編である今回の展示の、さらに最終章を締めくくるのに相応しい名品だったと思います。

 

第30回 / 2007.04.29

エドゥアール・マネ
《すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ》 (1)

 

エドゥアール・マネ
《すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ》

(1872年制作)
 第3回オルセー美術館展(2007年)
 

―― 今回の第3回オルセー美術館展会期中にもしばしば話題にのぼった《すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ》です。この作品については、作者のマネとベルトとの“微妙な関係”を思い出したりして、つい感情移入をしながら眺めてしまいがちですが、そうした部分を抜きにしても、絵画としてのユニークな力を感じます。

具体的に言うと、こちらは画中の女性を見ているのだけれども、逆に画の中からも見返されているような感覚――つまり「対峙」の感覚のつよさがありますね。それと、その感覚についてもこちらはすぐに気付かされるというのか、作品のもつ世界との距離感がダイレクトで近いという……ある意味できわめて現代的な作品ではないかと。

今回お話をうかがってきたなかでは、とくにドガやロートレックに見られる「ラジカルな視線」の意味、あるいはセザンヌやルドンのピュリスムが現代の美術に投げかけた問題など、近代絵画のもつ“ヴィジョンの新しさ”について丁寧に語っていただきました。

そうしたさまざまな試みにしても、先立つ世代である印象派の革命的な芸術運動の影響下から出発したものではないかと思います。その先駆的な役割を果たしたマネの絵画の近代性について、この作品のなかにヒントを示してお話しいただきたいのですが……。

高橋 この作品については、《モナリザ》と比べてみると分かりやすいと思いますけど、《モナリザ》の場合はあの作品の背景には、それこそダ・ヴィンチコードではありませんけどいろいろなものが隠されているわけですよね。さまざまな象徴や彼女をめぐる不思議な謎であるとか……。後ろの景色にしてもレオナルドが実際に見ていた景色であるかもしれないし、そうではないかもしれないし……。とにかくあの作品のなかには、「時間」というものが組み込まれているんですよね。

だけれどもこのベルト・モリゾの肖像からはその時間が剥ぎ取られていて、ほんとに何十分の一秒といった時間の単位で、この画面が絵画として成立する前後の時間を照射しているんですよ。

でも実際には、画家が描いている物理的時間というのはあるわけですね。この肖像だって何時間か、何日かかけて描いているだろうし。ベルト・モリゾと相対した時間だって、まさか何十分の一秒の対峙なんてことはないわけですよね。おそらく最低何十分かポーズをしたわけですよね。しかし画面で最終的に提示されているのは、画家とモデルの視線の交錯する「一瞬」の時間の煌きです。

―― 「時間を剥ぎ取る」というのは、必ずしも“瞬間的な動作を切り取る”といった単純な意味だけではありませんね。

高橋 物理的なある瞬間を定着するだけではないですよね。

―― 「物語性」も剥ぎ取るし……。

高橋 ……「意味」も剥ぎ取る、と。物理的な時間も意味も剥ぎ取って、光についても一瞬の光にするというように、どんどん還元していくわけです。

―― それがマネのやり方であると。

高橋 マネの絵画に対する考え、メソッドですね。彼が目指した「視線のもつ瞬間性の定着」というのは、まだドガやロートレックに見られる「窃視性」の段階には至っていませんが、それまでの絵画がもっていた“重み”については全部剥ぎ取ることになりました。

 

第31回 (最終回) / 2007.04.30

エドゥアール・マネ
《すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ》 (2)

 

―― 「瞬間性の定着」というのは具体的に言うと、「オルセー美術館秘話」のなかで語られた“作品のゴールの設定”を変更すること、つまり一見未完成のような状態でも筆を置くということで達成されるわけでしょうか。

高橋 ゴールの設定ということでいえば、この作品の場合は、何十分の一かの一瞬の視線を画面に定着することですよね。絵画のなかに瞬間性を定着していこうという手法は、ここではベルト・モリゾの印象を一瞬のものに絞り込むための装置なんですよ。

でもそれが一種矛盾するやり方なのは、ある一点をゴールとして設定している限り、その先にはさらに細分化された時間があるわけですよね。だから一瞬を設定するということは完成がない、ということと同義語なんですよね。それがこの肖像画がある種の永遠性を獲得している理由だと思います。

―― それが実現した時点で、マネにとって、このベルト・モリゾの肖像画は絵画としては一応の「完結」をみることになるわけですね。言い方を換えて、“あえて作品を完成させない”という意識といってもいいのでしょうか。

エドゥアール・マネ
《すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ》

 部分 (1872年制作)
 第3回オルセー美術館展(2007年)
 

高橋 その意識とはどういうものかというと、例えば古典的な名作の《モナリザ》などがもっていたような「不変(普遍)の価値観」みたいなものを、19世紀の時代には信じられなくなってしまったということでしょうね。

矛盾した言い方ですけど、本質的なものは一瞬の間にしかない。一瞬は永遠のものだけれども、つぎの瞬間には変ってしまうという意識でしょうね。

―― それを描きとめるのが、画家としての自分の仕事だとマネは自覚していたかもしれませんね。刹那的なものではあるけれど、それは確かに見えたのだから「永遠」なのだと……。

高橋 そこがマネの一番モダンな部分なんですよね。さまざまな重たいもの、皆が認めてきたような真実や本質性は非常に重いと感じて、そういうものはもう信じていないというところがあって……。

人間と人間の関係や人間と物との関係もある一瞬の関係性でしかないという、ある種、刹那的なものこそ永遠であるという感覚……それがマネの芸術にみる「モダン」、「モデルニテ」ですよね。 個人的には近い将来、是非マネの展覧会をやりたいと思っています。


―― 「オルセー美術館展 19世紀 芸術家たちの楽園」が終了して、この国での近代美術紹介の歴史はひとつの区切りを迎えたようです。このインタヴューも、企画者自らがその歴史を振り返って語ったオルセー美術館展三部作の記録としてこれからも参照され続けると思います。

今後とも楽しく、そして有意義な美術展の企画をよろしくお願いします。

 

高橋明也氏が語る「オルセー美術館展の名品」(全31回) 完

 



企画・制作 イワサキ・ミツル

※掲載画像はオルセー美術館展主催:日本経済新聞社の許可を得て
カタログより転載させていただいています。 転載等の二次使用を禁止いたします。

 
協力 日本経済新聞社
 
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