HARUMI

 

おはようございます。今月の絵草紙もゆっくり見せてもらっています。

私がジョン・レノンの死を知ったのは、そのころ勤めていた高校からアパートへ帰る車の中でした。「これで彼は神様になったんだな。」と思ったことをよく覚えています。ニューヨークの同時多発テロ以来「戦争」という言葉を目や耳にするようになりました。そのような中で世界中の多くの人がジョン・レノンを思い浮かべるのは、何かを彼に示してほしいからなのでしょうか。

娘を通じて知り合った陶芸家の友人がいます。これまでも彼女とは子供を育てる難しさや大切さなどをよく話し合っていました。今回の一連の出来事については二人の感じ方・考え方はかなりの部分で共通していました。しかし、何もできないでいる私に対して、彼女は自分が母親としてどのような行動をとるのかは子供に見られているに違いないと言っています。そして、意思表示となる幾つかの行動も起こしています。

私の75才になる母も、「今の社会の空気は大平洋戦争に向かっていった時の空気に似ている。」と言います。友人の話を理解して、うなずきながら聞いていているのに、差し当たって何の行動もとっていない私は、何か大切なことを見ないようにしているような後ろめたさを感じています。こんな時、ジョン・レノンだったら何をしたのだろう・・・と思ってしまいます。

そんな中で、一枚絵草紙をみた瞬間に、自分の中で忘れられていたものが鮮やかに蘇ってくるという経験をひさしぶりでしました。(まるで、「いちご白書を・・・」の歌詞のような言い方ですね)さらに、しなくてはいけないことをちゃんとわかっている自分というものまで思い出させ、揺すり起こしてくれたようです。

先日、NHKのBS2で浜田省吾の2時間番組がありましたが、観ましたか?私は浪人生のときから彼の曲を聴いていたのですが、動く彼の映像を見るのは初めてだったので、ビデオに撮って何度も観ています。10曲近くのコンサートの演奏を彼の話と、ちょっとしたコントのようなドラマでつないでいくものでした。今回の番組で特におもしろいと思ったのは、彼がいくつかのテーマについて自分の考えを話したことです。例えば音楽のこと、尊敬する人物のこと、生き方のことなどです。

その内容は今私が思っていることとそんなに違わないものなのですが、こんなことをこの年になっても(私とたしか同じ年)20代の時と同じ顔で、同じ口調で、今はあまり流行らないのかもしれないけれど本当に真面目に話しているというのが妙に感動的でした。

その話の中で「好きな音楽を仕事としてこられたことは夢が叶ったといえる。でもそれはたまたま少し音楽が得意だったというだけで、本当は何の仕事を選んでもよかったのかもしれない。次の人生では何を仕事とするのかは自分でもわからないのだし、この人生は精一杯音楽を楽しんで生きていきたい。」というようなことを話ていました。

好きだと言えるものを持っていることの幸せと、そのことをできるという幸せ。さらにその幸せを感じられるだけの余裕を持っているということ。そんなことを考えさせられました。

HARUMI
 
 
 
 
返信 IWASAKI

 

メールをありがとうございます。

今回はどうやっても浮き世の出来事を頭のなかから追い出すことができなくて、それであの内容になりました。例えばこれが老練の噺家であれば、平気な顔で高座に上がり、いつものように一席伺うはずでして……。そうした凄みのある世界にも強く憧れておりますので、少しくらいは反省しております。そうは言いつつも、そのあたりをもうちょっとお話したいのです。

学生のころ友達と議論になったことがあります。芸術を志す者は現実とどんなふうに向き合うべきか、たしかそんな内容だったと思います。わたしはいわゆる「団塊の世代」よりは少し若くて、わたし自身のなかには重いものを背負っている感覚がありませんでした。それで漠然とですが、芸術家には芸術家として、その立場のなかですることがあるのではないか、くらいに思っていたのです。

態度で示そうという相手の考えはわかるのですが、わたし自身の頑固な気質もあるのかもしれません、どうしても自分の感覚や身体が現実に起きつつある事態に即応できないのです。議論は噛み合いませんでした。それでもしばらく話し合っているうちに、こちらの思いのどこかが伝わっていくのはわかりました。伝わったと思える部分を差し引いてみると、あとに残ったのはかすかな“後ろめたさ”でした。

後ろめたさは自分が何もしていないと感じるところからくるのだろうと思います。ボンヤリと生きているわたしなどでも何も感じないというわけではありません。考えたことがそのまま行動に移せない、あるいは態度で示せないのは、その間に踏むステップの種類や数が人それぞれに違うということではないでしょうか。そんなわけで時間はゆっくりと過ぎていったのです。

今年になってホームページを始めたということもありまして、自分は今こういう感じなのだけれど、かつての仲間たちはどんなふうなのかと気になり始めました。サイトのお披露目なんてものはまとめて葉書でも出せば済みそうですが、二十年以上もブランクがありますとためらってしまいます。わたしも変化したはずだし、おそらく相手も変わっているだろう。そうした思いを振り払うまでに半年近くもかかりました。

二ヶ月ほど前にかつての議論の相手に電話をしてみたのです。会話は、アイツはどうした?なんてたわいのないものに終始しましたが、電話口の向こうには懐かしい笑顔が見えていたような気がします。そして、その穏やかに応対する姿をまぶたの裏に焼きつけて受話器を置きました。何か伝え忘れたことがあったのではないのかとは、後から少しだけ思いもしましたが。

自分のことは自分でする。これはだいぶ以前から知っているつもりなのです。自分も少しくらいはみんなのことを考えよう。今のわたしはこんな感じでしょうか。そして予感としては、その先に「みんなのことはみんなでする」というのがあるのかなとも思います。わたしのことですからそこまで辿り着くのには時間もかかることでしょう。

あいかわらず何もしていないわたしなのですが、今は少しばかり気が楽になったように感じているのです。古い友達に、「こっちも元気でやっています。」そう伝えることができたような気がしているからなのかもしれません。

ホームページへのご感想をありがとうございました。

(イワサキ)
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