ITAMI BANSAKU

 

いや、熱暑の夏でしたね。扇風機と団扇、それに甚兵衛を羽織るだけの埴生の宿ですから、ひたすら麦茶のガブ飲みでしのいでいました。外出の際も、私のケータイは麦茶なんです。

5月、6月と妻と二人でイタリアを巡ってきました。北のミラノに定宿をとり、そこから1週間から10日ほどの小旅行に出ることをくり返しました。イタリアは初めてなので、都市も田舎も両方訪ねたい。それで小さな町や山岳都市に泊まりながら、(1)ローマ、(2)フィレンツェ、(3)ヴェネツィアへ、それに(4)ウルビノ、ラヴェンナ周辺、(5)アオスタからモンテ・ビアンコ(モンブラン)への旅を加えて計5コースとしました。ですから、ローマから南へは足をのばしていません。

例によって、旅程は妻がガイドブック、時刻表と首っ引きで立て、ホテルはほとんどを予約していきました。ホテルを予約しておくと、夕方荷を背負いながら宿探しをせずに済みますし、昼間に着いても荷を預けてすぐ町に出られます。その一方、プランを気軽に変えられない窮屈さもあります。イタリアの汽車は発着時間がとてもルーズ。加えてストやサボタージュで、予定した時刻に列車が走らないこともしばしばです。発車予定の10分前になって、駅構内のタイムテーブルから予定列車の1行が消えるのです。ある地方駅で、サボタージュにあって切符・座席指定券の払い戻しをもとめて改札窓口に人が並ぶ姿を見ました。ところがイタリア国鉄は別の列車の指定券に変えるのはokだが、キャンセルには一切応じません。外国人観光客はみな「なんてこった」と憤慨しますが、ここはイタリア、どうしようもありません。「ローマにあってはローマ人のするようにせよ」と英語の格言にありますが、今にして、どうして「ローマ人」なのかがわかった気がしました。そんなイタリアで宿泊地を機に臨んで変えられないのは厄介でもありましたが、一方、ハプニングにあって右往左往しながら何とか辿り着くのが快感になっていったのも確かです。

旅程を立てるにあたって、私が出した希望は、モザイク壁画の残る教会(ローマ、ヴェネツィア、ラヴェンナ)と北イタリアのロマネスク教会を訪ねること、それにピエロ・デラ・フランチェスカの絵画を全部見てきたい、ということでした。ピエロの作品は大きな都市の美術館で見られるもののほかは、ウルビノ、アレッツォ、サンセポルクロ、モンテルキなどの小都市に散在しているので、徒歩旅行者はバスを乗り継いで辿るしかありません。でもこれによって、私たちの旅程はずいぶん変化のあるものになりました。

12年前、イギリスの古都ヨークを訪ねた時のことです。大聖堂近くの舗石に布を敷き、一人の青年が一枚の大きな絵を描いていました。見覚えのある古風な絵。ピエロの「キリストの洗礼」を模写しているのでした。完成間近で細部に手を入れているところです。あちこちに筆を補うのを追って見ていて、大きな絵の細部を丹念に見るおもしろさを知りました。この絵はどこから描きはじめたのだろうなどと思いをめぐらしていると、もう私にとって特別な絵となっていました。その後ロンドンのナショナル・ギャラリーでこの絵の実物を見たのですが、おかげで初めて一枚の絵をじっくり見ることができました。そして、いつかイタリアを旅する機会があったら、ピエロ詣でをしたいと願っていたのです。

「イタリアは国全体が美術館のようだ」と言われますね。これは、教会・塔・宮殿・城壁・橋などの建造物、さらには道・広場・庭園から彫刻・噴水まで、つまりは古代・中世の石の文化を残す街の成り立ちを語っている言葉でしょう。この中を歩き回っていると、美術館の部屋ごとにぎっしり収められ展示されている絵画というものが、とても小さいものに思えてきます。中でも教会に掲げられていた多翼祭壇画、聖母子像・磔刑図・聖人伝を描いたフレスコ画・板絵など夥しい数のものが美術館に移され、見る私たちの前を延々と列なり通り過ぎていきます。宗教画は本来掲げられていた教会を離れると、どこか間が抜けて見えます。いや、間が抜けているのは見ている私のほうで、絵の背景をよび起こす能力が不足しているために、絵が長く発しつづけてきた光源をしかと見ることができないだけなのかもしれません。

力不足にうち臥す私にも、むこうから手をさしのべ、しっかり相対せよと身を起こしてくれる絵がままあります。人を見る眼力をもたない者にも、会った瞬間から、その魅力によって目が離せなくなる人物がいるものです。そんな人にめぐり逢った感じ。私にとっては、それがピエロとジョットということになります。ピエロの連作「聖十字架伝説」(アレッツォの聖フランチェスコ教会)とジョットのキリスト伝連作(パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂)は本来描かれ納められた場所で、なおかつ今私たちがゆっくり向きあうことが許される空間に置かれています。何が描かれ、どの順に見ていくかを知りさえすれば、剥落も気にならない美しい色彩に身をゆだねることができます。これらの連作が描かれた空間に包まれた時、これがイタリアに在る幸せと思わずにいられませんでした。

ピエロとジョットとそれからフラ・アンジェリコ。北イタリアに残る中世の絵画を瞥見して、この三人の絵画は宗教画というよりも、信仰告白を旨とした信仰画と呼んでみたい気がしています。ピエロの「マグダラのマリア」(アレッツォの大聖堂)は思いのほか小さなフレスコ画でした。彼の描く女性に共通する高い倫理性というか、抑制した感情がやや伏し目の表情にも衣服の襞にも表れていて、目だけで近づこうとするとはねつけられる気がしました。この世でこのような女性に会うことができてよかった、とも。ジョットの描く人物は聖母子さえも切れ長の厳しい目つきをしており、どの絵もその目が劇的な瞬間を永遠のものにしているようです。フラ・アンジェリコの「受胎告知」は、そこに描かれた大天使の羽の虹色のグラデーションも、庭の小さな花さえもが喜ばしい音づれに震えていました。それでいて聖書の記述を離れるところがない。それを「信仰告白」と私は呼びたいのです。

旅の終り近くに、フランスとの国境にまたがるモンテ・ビアンコを見に行きました。山里のアオスタ、クールマユールの古い町を見物しながら、よく晴れた日にロープウエーで山頂近くまで行きました。困難な登山コースまでも、細いいくつもの筋の形ではっきり追うことができます。振り返ればグランド・ジョラスの岩壁。ケーブルはしばしば停車して、吊るされたまま助けを待つのと同じ状態になります。陽を受けて白く輝く雪渓を真下に見て「もう、ここで落ちてもいいかな」という思いが頭をかすめました。不遜というものです。

イタミ万策
 
 
 
 
返信 IWASAKI

 

六月の上旬だったでしょうか。図書館から戻ったところで一階の郵便受けを覗くと綺麗なポストカードが入っていました。ペン字の紺色を見てイタミさんからの手紙とわかります。ヨーロッパの土と水によほど馴染んでしまわれたようですね。またもや徒歩で、しかも二ヶ月間の旅の最中とは恐れ入りました。

絵葉書にはピエロ・デラ・フランチェスカの『聖十字架伝説』の一部が印刷されています。わたしもときどきこの絵や『出産の聖母』、それに『キリスト降誕』といった彼の作品が見たくなるのです。その日はちょうど図書館で画集を借りてきたところでした。なので、右手に絵葉書、左手に画集という状態。この偶然には驚きました。

かつては、ピエロもジョットも、フラ・アンジェリコについても画集をもっていました。本は引っ越しのときに荷物になるので教員を辞める時に大半を処分してしまったのです。楽器や沢山のジャズのレコードも同じく。なるべく現実の「物」に振り回されずに暮らしたいという思いがあり、(再び入手するのが困難なものを除いては)いつでも処分できるような態勢をキープしています。本もその例外ではありません。「書物」と書きながら、本は「物」ではないという考えもありますが、その“物ではないもの”に部屋を占領されたり重量で床が傾いてしまったなどという人を何人も知っています。これには職業柄も関係するわけですが、わたしはわたしで爽快な気分を味わいたいのです。

それでもふいに思い出し、手許に置いてじっくりと眺めたくなる絵がありまして、ピエロの絵もそのひとつです。『出産の聖母』のマリアはどこか物憂気で、それでいながら気品をたたえているところが好きです。『キリスト降誕』では、イエスの誕生を祝福する人びとの歌声が画面から流れてきます。絵には実際に楽器を奏でて唄う人びとが描かれているわけですが、その音楽が本当に聞こえますよね。こういう絵が他にどれだけ存在するでしょうか。

イタミさんは「信仰告白」と書かれました。ピエロの作品には信仰をもたない者までを惹きつける何かがあるようです。画家の心情が“素”のままで投影されているとでもいうのか、描き始めの感動が作品の完成する最後の段階まで持続していると感じるのです。同じイタリアの巨匠でも、例えばダ・ビンチやラファエロのような画家たちの場合は違います。彼らの作品には完成度の高さと引き換えにして、どこかで心情の吐露をセーブしている感じがあります。赤裸々な内実は絵具の層で覆い隠しながら、本人は澄まし顔で腕組みなどして(ときにはニタリと笑って)でもいるような。このしたたかさも凄いものですが。

ご存知のように、フレスコ画の手法は生乾きの漆喰の上に直接水溶性の顔料で描き、その漆喰の乾燥によって色彩が定着するというものです。画集のデータを見るとわかるように、ピエロはそのフレスコの上からさらにテンペラで加筆することもあったようです。制作に時間のかかるテンペラや油彩のみで描いたりもした人ですし、じっくりと描くタイプだったようですね。そうなると、描き始めの初々しい感動が持続し、描き込む過程で色褪せることのない主題を得ていた作品は、やはり揺るぎない信仰の証しということになるのでしょうか。わたしがピエロの絵を好むのは、そこに虚勢もはったりもない仕事の心地よさを感じるからです。もっとも、自己に忠実な作品ならすべて好きかといえばそうでもなく、例えば、ピエロとは対照的に表情の硬い聖人を描いたジョットの絵はちょっと苦手。

絵の好きな人には多くの場合“特別な一枚”というのがあるようです。ところが、わたしにはそれに該当するものがありません。そのかわり、絵を見ながら“どうしようもない”感動に見舞われてしまうことがあるのです。この出逢いの瞬間が不思議なもので、眺めている絵の好悪には関係がなくて、何の前触れもなく突然やってきます。絵のほうからこちらに突進してくる感じです。過去に何度かその経験がありました。

最初のは、学生の頃に国立西洋美術館で見たセザンヌの素描でした。とくにセザンヌが好きというわけではなく、何かの展覧会のなかの目立たない小品です。髑髏を鉛筆で描いて水彩で軽く色をつけたような絵。髑髏はセザンヌのモチーフのひとつであって特別なものではありません。また、わたしにはそこから「死」などを連想するような文学的センスもない。そういう状況のなかで、とくに素晴らしいとも思えない絵に感動してしまったわけです。事態は全身の反応でした。こちらは冷静なつもりですが、体内の血液が静かに逆流している感覚があります。おそらく心拍数も上昇していたでしょう。気分が悪くなるわけではなく、むしろ高揚感がありました。客観的には、目の前の絵のなかの色と形が視覚を通して情動に何らかの影響を与え、その結果生じた身体反応のはず。その絵から離れるとこちらも正常に戻りました。その後しばらくはこの事態の原因を考えてみたりもしたのですが、ついに思い当たるものがありませんでした。

二度目もやはり西洋美術館で、これも二十代の頃でした。絵は、数人の貴族が輪になって大きな人形を空へ放り上げている図柄で、当時の貴族の遊びを描いた大きな作品。人形はおそらく手足の関節が自由に動くようになっていて空中で奇妙な恰好をするのでしょう、手足が不自然にねじれています。楽し気でありながら同時に虚ろな気配の漂うこの絵に身体が反応しているのです。古い展覧会のカタログはすべて古本屋に渡してしまったので作者を確かめようがないのですが、ゴヤだったような、もしかしてワトーだったかもしれない作品で、宮廷画家としての作品でした。例によって、貴族を描いたような絵に特別な興味はない……なのに順路を辿ってその絵の前に立ったところで“血液の逆流”です。逆流も二度目となると無抵抗はシャクなので、立ち止まって理由を探り出そうとしました。考えに考えた結果、やっと出てきた言葉が「こいつ(この画家)はクレイジーだ!」です。どうかしているのはこちらなのに。

こういう種類の感動は年齢や経験と関係があるのでしょうか。トシをとってしまいましたから蘇ることはないだろうとすっかり忘れていたのですが、久しぶりに味わいました。今年の六月中旬のことです。

「再考 近代日本の絵画」という展覧会は近現代の絵画(1900〜2000年)を概観する大規模なもので、東京芸術大学・東京都歴史文化財団・東京都現代美術館・セゾン現代美術館の共催でした。イタミさんもよくご存知の難波英夫さん(セゾン現代美術館館長)から招待券を頂戴して見てきました。難波さんの奥様、園子さん(こちらもまたご存知ですね)と仕事でご一緒する機会があって、そのときに券を頂いたのです。難波さんと園子さん、30年前と変わらず、今でもカッコよくて優しい先輩です。

それで今回の逆流ですが、村山槐多の絵でした。場所は東京都現代美術館。会期最終日でごった返す展示室の壁面から一枚の絵が人波をかきわけてぐんぐん迫ってくるのです。少女を描いた絵で、初めて見るものでした。この女の子がわたしの知る誰かに似ているとかではありません。何かを連想させるわけでもない。なぜ今、村山槐多なのかという疑問はある。それでも過去の経験からして、この事態に説明をつけるのは無理だとわかります。それで今回は考えるのをやめました。なすがまま、されるがままに自身の反応を堪能する。これも鑑賞術ですね。

年々絵を見に行く機会が減っていきます。自分の億劫なところが恥ずかしいですし、これではいけないと。そんなことを考えながら今日はバルテュスと槐多の画集を借りてきました。今は人間を描いた絵に興味があるのです。自分のなかで何かが変化しているのに気がつきました。そのことについてじっくりと考えてみなくてはなりません。この夏の格別の暑さで沸騰した大脳を取り出して、ベランダに広げた新聞紙の上にでも置いて秋風にさらしてみたならば、あるいは、そのときに答えが見つかるのでしょうか。そろそろ“逆流”の意味を知りたいと思っています。

(イワサキ)
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