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ご無沙汰しています。

先生のお住まいの近く(例のライブハウス)へは、あの後も何十回となく足を運んでいるのですが…。月日の経つのは本当に早いものと身をもって実感している今日この頃です。

ところで我が家には♂と♀の2頭のビーグル犬がいます。彼等と散歩をしていると住宅街の真ん中にいても充分に季節の移ろいを感じる事が出来ます。たまに「いつも大変ですね。」と声を掛けられる時もありますが、私にとっては彼等との散歩が犬と一緒に暮らす生活のなかでの一番の愉しみなのです。

いつもはかつて通学していた中学校の脇を歩いています。その中庭には大きな欅の木があります。数週間前には弱々し気で小さな若緑がまばらに付いているだけの木が今では濃緑色の葉に被われています。

散歩をしていて一番楽しみなのは、何と言っても桜の花が咲く頃です。会社勤めをしていた時は全く気に留めることがなかったのに不思議です。去年は桜の開花と同時に♂犬が生きるか死ぬかの病気と判って散歩どころではなくなり、容態が落ち着いた時にはすっかり葉桜となっていたのでした。以来、彼は薬が欠かせません。今年はお天気が味方してくれたせいか例年よりも長い期間お花見を楽しめたような気がします。

桜の時期になると思い出す事があります。それは初めて行った海外ロックグループのコンサートのことです。高校1年から2年に進級する間の春休み。4月2日、日本武道館にアメリカのハードロックバンド“KISS”の初来日公演のコンサートを聴きに行ったのでした。

私は小・中・高校はずっと地元校に通っていたので都内へ行く機会は殆どありませんでした。そんな私が一人で武道館へロックのコンサートを聴きに行くというので、母親が心配して会場近くまでついて来てくれました。今から考えると少々過保護と思われてしまうかもしれません。その当時、両親からは3人兄妹の末娘にもかかわらず、時として一番突拍子もない事をする子どもと思われていたようなので、それも無理もないことだったのでしょう。

地下鉄・九段下駅の階段を上がり、北の丸公園の中に入って行くと満開の桜が目に飛び込んできました。開場時間までの僅かな間、母と2人で桜を眺め、コンサート終了後に武道館脇の時計塔の近くで落ち合う事を約束して、私は1人館内へと入って行きました。

私の席は1階南西スタンド。照明に照らされて歌舞伎役者のような化粧をほどこしたメンバー4人の姿が目に映ったのと同時に耳を直撃したのは、これまでに聴いたことがないようなどよめきと歓声でした。あとは訳も何も解らず浮き足立った状態で演奏を聴きながら「ベースのジーン・シモンズは一体いつになったら、あの<人間ポンプ>のおじさんのように火を吹いてくれるのか?」とか「血のりはいつ吐くのだろうか?」などと、そんな期待ばかりが頭の中をグルグルしていました。果たしてこの2つのパフォーマンスをしっかりと目撃出来て大満足だったのは言うまでもありません。とくに火を吹いた時などは丁度南西方面に向かってだったので、その瞬間、炎の熱気が微かに顔に感じられた程でした。

コンサートが終わって急いで約束の場所へと向かうと、すでに母はそこに居ました。九段下へ向かう道で、どのようにして時間を潰していたのか母に尋ねたところ、公園内を散策した後で靖国神社の桜を初めて観て来たとのことでした。「でも私もチケットを買って、あなたと一緒にコンサートを聴けばよかったわ」と言うのを聞いて笑ってしまいました。

実は今年の5月2日、まさにこの時のコンサートの様子を収録した『ヤング ミュージック ショー』が、NHKアーカイブスという番組で27年振りに再放映されたのですよ。後日そのことを母に話したところ「あらぁ、あの時あなたがどんなものを観ていたのか私も見てみたかったわ。」と話すのを聞いて何やら嬉しくなってしまいました。

ちなみに、この1977年の“KISS”の初来日公演の時、先生の教え子であり私と同じ歳のHさんは、背広を着て場内警備員のアルバイトをしていたそうです。この違いは何なのか?ワタクシ、少々恥ずかしい気がいたします。

本格的に梅雨の季節がやって来ると、犬達との散歩は僅かな晴れ間を狙って…という具合です。我が家の犬達は身体が濡れてしまうのが苦手なようで、歩いている最中に雨が降り出そうものなら、眉毛をハの字にした困り顔になってしまうのです。夏になったらそれはそれで、日陰を辿りつつの早朝や、日が落ちてからお出掛けとなります。彼等も12年(♂)と11年(♀)。昨年は2頭とも手術を受けていますし、少しでも身体に負担をかけるような事は極力避けたいのであります。

今後もお会い出来る機会がなかなか持てそうにありませんが、かっぱ橋辺りには頻繁に出没していると思います。万一お目にとまりました時には、お声を掛けて下さい。

non
 
 
 
 
返信 IWASAKI

 

まもなく梅雨入りですね。わずかな晴れ間に期待するだけの毎日になってしまうのが寂しい気もします。

入谷界隈を散歩するのが習慣になりました。例のライブハウス前の道も頻繁に歩いています。なので、この一年間、路上でnonさんと遭遇しなかったのが不思議なくらいです。あの店の裏を西に歩いて数分の入谷南公園がいいのです。通常の児童公園よりもはるかに広く、住宅街のなかにしては風通しも良好。久々に心安らぐ場所を見つけました。

わたしの場合、終日家にこもって作業をしたりするうえに生活時間も不規則ですから、結果的に何日も自然光を浴びずに過ごす場合があります。どう考えても不自然ですよね。監獄のなかの人でさえ、健康のために屋外で身体を動かす時間が認められているというのに。

近年は腰痛や膝の痛みなどじつにさまざまな症状に見舞われるようになってしまいました。これではいけないと、健康管理には少しばかり気をつかっています。昨年来のダイエット敢行で四半世紀前の体重に戻すことには成功しそうです。でも、どこかに通勤しているというわけではないので、根本的な運動不足だけは解消されません。近所のかっぱ橋道具街にある生涯学習センターには各種トレーニング器具を備えた施設もあるわけですが、あの大きな窓ガラス越しに有酸素運動であえぐこの身を披露する勇気もありませんでした。そんなわけで、簡便な対処法として(実際にはそうでもなかったのですが)、長年お世話になった自転車と決別して台東区内の移動に限っては原則としてすべての距離を歩くこと、これを実行してみたのです。

小さな決めごとですが、一年以上も続けてみると驚くほどの効果があらわれました。ダイエットとの相乗効果でしょう、あれほど苦しんだ腰痛・膝痛がすでに消え失せています。余禄としては、その気になれば、エレベーターなど使わずに自宅(9階)までの階段を一気に上れるほどの体力がつきました。以前なら駅のわずかな階段でも息を切らせていたわたしがです。

とはいえ、こうなるまでにはそれなりの苦労もありまして、今回はここで“徒歩生活実践者”の泣きが入ります。

じつは私の住む浅草には画材店というものがなく、絵具を買うためにはこの町から出る必要があるのです。行きつけの店に出向くのは月に二〜三回でしょうか。これが御徒町にあります。御徒町には、わたしの最寄り駅の日比谷線入谷駅から地下鉄に乗ると二駅、時間にして3〜4分で着きます。ですが、不運なことにこの御徒町が同じ台東区、つまり「原則徒歩」の適用範囲にあるのです。“電車の二駅”も道路上では直線とはならず、なかなかに歩きごたえのあるものです。浅草から入谷、そして下谷へと路地伝いに、上野から御徒町へは大通りに沿ってこれを歩きます。たどりついた先の画材店で気心の知れた店員さんたちと話し込みでもすると、その日は往復二時間以上の立ちっぱなし、歩きっぱなしというわけ。慢性的な運動不足のわたしがこの生活に慣れるまでは辛かったですね。

しかし、この程度はまだ序の口でした。画材店のある御徒町まで来たついでに、隣町が上野だからと、美術館で絵でも見てやるかなどと欲張りでもしたら悲惨な結末を迎えます。アメ横を横切り、広小路を経由して行き着いた西郷隆盛銅像下から上野のお山の斜面をゆっくりと登る。上野公園も台東区ですから、美術館内を歩き回ってどれだけ疲れようとも電車で帰るのは許されない。もともとが少々歩いたくらいでは疲れないようにと始めた「原則徒歩」なのです。芸術鑑賞の余韻を振り払い、ロダンの『考える人』を横目で睨んで公園を縦断し、寛永寺の裏手からお山を降りてJR鴬谷駅前(これも台東区!)に出ます。駅下の言問通りは一本道なのに彼方の浅草は遠くて見えません。

この行程は最悪の場合には半日近くもかかるもので、すでに運動を兼ねた日常的な歩行の領域を越えています。それでも安易な例外だけはつくるまいと実行します。不遜にも、季節や天候などの自然条件にさえ屈するものかと、一度だけですが、真夏の炎天下にこのコースを歩いてみたことも。予想をはるかに上回る脱水症状で文字通りの「幻視行」になりました。夏は控え目がよろしいようで。

こうした徒歩主体の生活も苦行そのものが目的ではなく、当然ながら、そこには楽しみがあります(そうでなくては続けられませんね)。下町の路地の組み合わせにはいくつものバリエーションがあり、それをたどっては、ここで暮らす人たちのあけっぴろげな生活を覗き込んでいるのです――無礼とは知りつつも、珍奇な事象は逃すまいとデジカメまで携行して。また、界隈には天下の公道に自作の鉢植えを展示するという麗しい慣習も残されています。傑作、その他を含めた展示物に移ろいゆく季節が見えるのです。そんな道行きのなかで、ある日、入谷南公園を発見しました。

「発見」というからにはそこに新しい何かを見い出さなくてはならないわけですが、この公園には「慰安」があるのです。あるいは「慰撫」の感覚と言い換えた方が正確かもしれません。その気分を求めて幾度この場所に通ったことでしょうか。

公園の様子を少し書いてみます。まず、広い敷地の中央に築山があります。ちょうど小規模の古墳を模したようなそれには、植え込まれた木々のあいだを這うようにして螺旋状の道がつけられています。直接頂上まで伸びるまっすぐな石段もふたつあります。登り切った上からは「ご苦労さま、今度は楽しみなさい」とでもいうのでしょうか、地面までとどく長〜い滑り台があります(滑り台は中腹からのものがもうひとつ)。あたりの景観と空気とを、何かのシンボルではないかとも思えるこのゆるぎない構造物が支配しています。今どきの公園にしては奇異にも映る築山の隣には、これまた大きな球体を地中深く埋め込んだようなコンクリートの構造物もあります。地上に少しだけ頭を出した(ように見える)球面を、そこにちりばめられた自然石を足場にして登れば、また別の視野がひろがります。

巨大な鉄製の遊具、ブランコ、砂場、草野球ならば可能であるほどのスペース。さまざまな構成要素が中央の築山を囲んでいます。近代的・合理的にデザインされた公園というのではないのでしょう。むしろ思いつきのようにして付け加えられていった要素と思いますが、そのすべてが一本の糸でつむがれるようにしてここで遊ぶ子供たちを包み込んでいる、と感じるのです。「さあ、存分にお遊びなさい」という声が聞こえるようです。子供たちを見守るベンチでくつろぐのは若いお母さんたちばかりではありません。どこかのご隠居、タクシー・ドライバー、読書する青年、路上生活のおじさん、それにわたしです。この公園のたたずまいが、その哀しい過去の記憶をかすかに湛えたものであることに気づいたのはつい最近のことでした。

近くまでおいでになったら、どうか一度ここに立ち寄ってみてください。目を閉じて風を聴いていると、耳元をかすめる葉音にはどこか鎮魂の響きがあります。そして、いつのまにか木陰のベンチで夢の中、なんてこともよくある場所なのです。

(イワサキ)
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