SEIKATSUSHUMIJIN

 

昨日は見事な秋晴れの下、庭いじりをしている最中の貴君からの電話でした。電話とは云え、直接言葉を交わすのは本当に久しぶりですね。

絵草紙通信にもありましたように、あの事件以来いろいろ考えてしまって何かに集中出来ないと云うのは世の中一般の傾向でもある様です。玩具業界に身を置く小生ゆえ、こう云う御時世には何か手を動かしたりゲームに興じたりすることで「雑事?」を忘れて没頭できるような商品やサービスがこれから市場に出回って来るのでは無いかなどと考えたりしています。何でも直ぐビジネスに結び付けて考えるのが悲しい処ですが、近年流行っていた引きこもり、或いは家庭回帰とはすこし違った形で人々の余暇に於ける活動領域や時間消費行動に変化が出てくることは間違い無い事でしょう。

ところで先程、庭いじりをしていたと書きましたけれど、実は拙宅のささやかな庭にはこれまた随分とたくさんの石があるのですよ。石と云ってもその殆どはあっちこっちで拾ってきた自分で持ち上げられる程度の大きさのものばかりですが。

そんな石だらけになった発端はと云うと、十年程前に何故か石を拾う夢をくり返し見るようになって、ついには実際に狂ったように石を拾い集め、せっせと庭に運び込んだのです。それでも一年程かかってある程度集めたら、それまでの熱病のような思いはスッと消え失せてしまいました。一体あれは何だったのだろうと、今でも我ながら不可解に思っています。思い出せば佳境の頃にはそれはもうどこに行っても足下に石ころを探す始末で、海外出張時でさえ拳大くらいであれば持ち帰った程だったのです。

で、今やっている庭いじりと云うのはその石や小石を『然るべき位置』に配列する作業なのです。と云いますのも拙宅の庭の犬走りと云うか猫走りは大袈裟な表現ですが私にとっての原風景の再現の場所でもあるのですよ。他人には砂利が敷かれたただの小径でしかないでしょうが、わたしにとってはそこは生まれ故郷である愛媛県大洲市を流れる肱川という川を写したものなのです。玄関わきを抜けて庭に回り、突き当たりにある散水用水道まで歩むと云う事は、私にとってはあたかも肱川河口から遡って大洲の臥龍という名勝を経て、生まれ里の更に上流へと川の上を歩いてゆくことになるのです。

‥‥と、こうやって文章にするととても変な行為ですよね。でも本人はいたって大真面目なのですよ。細君はこんなに丹精している庭なのだから、誰か招いて見せてあげれば良いのにとよく言いますけど、自分の内面を見られるようで些か気恥ずかしい気もします。それに小石の一つ一つが記号なので、誰かが入って乱れが生じてしまうと「あの肱川」から只の石ころへと転落してしまうのではないかとも思ったり。

また一つ、石を拾えばそれに相応しい場所を見定めて据え置きます。その瞬間が一番の喜びの時でもあります。そして今度はそれまでそこに在った石の納まるべき場所を求めてうろうろすることになります。それはもう永遠に終わる事のない玉突きゲームのようなものですね。どんなに配列を繰り返しても決して本物の肱川には成り得ないのですが。

今日も私はその内向的な小宇宙にかがみ込んで小石の一つを掴んで場所を変えて置いてみたりの繰り返しを暗くなって目の利かなくなるまで続けてしまいました。細君に、もう御飯だからいいかげんにお家に入りなさい!と呼ばれるまで庭に這いずって石ころと遊んでいる私はいったい何をやっているのでしょう。

冒頭で述べたように時の気運を新製品アイデアに置き換えるでもなし、只、御本人がまっ先に「新時代型安全安価な時間消費行動」に走っているだけのことなのですね。
では今日はこの辺で、

生活趣味人
 
 
 
 
返信 IWASAKI

 

このところ音沙汰がないので、相当忙しいのだろうなとは思っていました。いつも時代と向き合い続けるオモチャのクリエイターだからそれは当然だろうけど。偉くなるかわりにすり減ってしまう場合だってあるわけだし、もしかしてボーッとしているんじゃないかと心配したりして……。石ころを並べているんだね。よかった。安心しました。

石の話で思い出したことがあってね。あれからもう三十年近くにもなるよ。夏休みに寝袋をかついで一緒に旅をしたことがあったろう。最初の年は東北地方。翌年は瀬戸内から山陰にかけてのあれ。電車とヒッチハイク、それと徒歩で海岸線をたどったあの旅のことだよ。

スニーカーの靴底も溶けてしまいそうな炎天下の国道だったね。君はゆっくりと歩くくせに簡単には止まらないから、結局オレがいつも後ろを歩いていた。休もうよ、と三十分おきくらいに懇願して、やっと何回めかでニコッと笑って「疲れたね」だ。「ほらみてよ!」と指さす先にはたいてい海がひらけていたっけ。三陸の碁石海岸にたどりついたときの君のはしゃぎっぷりは尋常じゃなかった。

君自身は意識していないだろうけれど、今でもあの続きをやっているのかもしれないね。港から港へと何かに押されるようにして歩いた夏。そう、それは君の故郷四国を巡る「お遍路さん」にもちょっと似ている。大師を偲んで歩く果ての八十八番目の札所、そこが君にとっては肱川の上流あたりってことなんだと思う。

どこにでもあるような素朴な信仰のかたち。祈りの場所ごとに石を置き、積上げる所作みたいなことを君はしているわけだね。どうやら最終地点の近くにいるみたいだけど、ここから先は長いかもしれない。辿り着いたそこが次の巡礼への出発点なんてことだってあるだろうし。エラそうに言わせてもらうけれど、みんなが何気なくしながら、気がつくと我を忘れてたなんてのはたいていそういうことなんじゃないかな。いちばん信じられそうな方に向ってただ歩いているだけなんだよね。

旅のついでにもうひとつ思い出した。覚えているだろう、君がくれたあの自転車。あの頃、オレたちはまだ高校生だったよ。

街角に捨てられたボロ自転車を集めては、せっせとそいつを分解。卒業間近の君はそんなことばかりしていた。使えそうな部品だけを集めて作った自転車はとてもシンプルで素敵だった。でもね、「付け忘れた」とか言いながら、ブレーキが無いのはわざとだったんだろう。日常生活に二年間使わせてもらったけれど、本当に苦労したよ。

雨の日なら後輪の跳ね上げる泥水で背中一面がシミだらけになったし、止まりたくても止まれないのだからあちこちにぶつかる。最期は長い坂道をおりたところの交差点で、飛び出してきた車(どっちが飛び出したのかって?)を避けて電柱に激突だ。それで車体はぐにゃりと二つに折れ曲がる始末。オレは身が軽いので、少し宙を飛んだけど、落ちたのが土の上で助かった。

世界中の子供たちを夢中にさせてきたオモチャの仕掛人。その最も初期の作品を命がけで愛用していたのだから、そのことはけっこう自慢です。でもあの自転車、よく考えてみたら君そのものだったような気がする。スピードを出すことは許さないし、そのくせ自分から止まろうともしない。突っ走ってしまったらそれまでということなんだな。

ケータイを持ち歩かないことが職務に差し障る限界まできているとか言っていたよね。あまり気にするなよ。そういう人は他にもいると思う。とりあえずはここにもひとりいるわけだし‥‥。いつも誰かとつながっていることに抵抗を感じるというのも同感だ。それにしても、気がつけば今でも同じようなところを歩いていたとはね。なんだか嬉しくなりました。
また連絡してください。

イワサキ
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