| SEIKATSUSHUMIJIN |
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今宵は蕗のトウの天ぷらをつまみに早めの晩酌を楽しみ、今は傍らの火鉢で干し芋をあぶりつつ貴君への書簡をしたためています。生活趣味人を名乗る男のまことにささやかな週末のひとときです。 玩具業界に身を置く私が海外関係に携わるようになってこのかた、この時期に日本に居るのは実は初めてのこと。これまでは2月といえばニューヨークでの玩具見本市が一大イベントだったのでね。奇しくもそのNYトイフェアーが百周年を迎えるこの年に、出張を見送ることにしました。当業界も諸々の変化を受け、もはや見本市そのものはビジネスの中心ではなくなってしまったという訳。 おかげで例年のように梅の開花と出張時期との関係にやきもきする必要もなく、今日は近くの梅園に行って見ごろの花を堪能し、ついでに前から目をつけていたある古梅の根元周辺から蕗のトウを失敬してきた次第。他人の地所ゆえはじめは遠慮気味に、でもそのうち夢中になり、しまいには作務衣のポケットがパンパンに。梅を見に来ている筈なのに下を見てばかり。知る人が見ればバレバレだよね。 このほろ苦い好物をほうばりつつ、やはり数年前にその見本市に出かけた時のある出来事を、これまたほろ苦く思い出してしまった。イーストビレッジにある居酒屋で飲んでいた時の事。ちょっと過激ないでたちの一人の日本人青年が私に話しかけてきたんだ。手の甲に無数の根性焼きの痕を持つその青年は、かなり唐突に「俺、アーティストになろうかどうか悩んでるんです。どう思います?」とか言ってね。聞けば徳島には両親が営む店があって、それを継ぐことを期待されているんだけれども云々、とか。とっさに答えたのは、指揮者バーンスタインが同様の問いに答えたとかの台詞だった。 「君は芸術家になるべきではない。なぜなら君が私にそれを問うたからだ」と。 そんなごもっともなお言葉もただのおじさんが言ったのでは伝わるべくもなく、青年はポカンとした様子。そこでフォローすべく芸術の持つ力を自らの体験談で語って聞かせようとしたのがまずかった。つい自身の感動がよみがえってしまって、不覚にもポロポロと涙がこぼれてくる始末。青年はすっかり引いてしまった。 その語ろうとした体験談は、然しながら実に不思議な、そして忘れられない出来事だったんだ。聞いてくれる? それとは別の冬のこと、細君と米国フィラデルフィア博物館に行ってね。広い館内にはたまたま訪問者も少なく、これなら互いに見つけやすいだろうと云うことで二人別々に廻ることにした。ずいぶん歩いたが、期待にそぐわず私にはどうもピンと来るものがなくてね、立派なだけでつまらない所だなとすら思い始めていた。ある1点の絵画の前に来るまではね。 それは、あるポートレートだった。年のころは十歳前後、白いブラウスに黒のジャンパースカートを着た少女はルノワールの手によるものだ。暫らく見つめているうちに私はその絵と対話のようなものを体験した、若しくはしたような気がした。そうこうする内に言いようのない悲しみに襲われて、こみ上げる感情と共に涙があふれてきてしまったんだ。 やがて細君と合流したが、絵の前で泣いていたなんて気恥ずかしくて直ぐには切り出せなくてね。次の目的地へ向かう車中、未だに高ぶる感情を抑えつつ、ようようにその体験を語ることができたんだ。そうしたら、なんと驚いたことに細君も同じ絵の前でまったく同じことが起こっていたのだと。以来、あれはいったい何だったのだろうと云うのが二人の頻繁に交わされる話題と相成った次第。 私たちのこの出来事に対する結論はというと、いやここでは簡単には語りつくせますまい。なにぶんに個人的な因果も多分に含んでいることだしね。ただ間違いなく言えることは、月並みな表現だけれども、あの絵が人の生の一瞬を切り取って永遠に閉じ込めてしまった。それがために、それに接したとき、私達が死に向かって生きていると云うこと、今と云う一瞬すら時間は逆戻しできないのだと云うこと、それらを気付かされてしまうのだろうと。 ほろ苦い思い出だと先に言ったよね。かの居酒屋の話はたしかにそうなのだけれども、このフィラデルフィアの件は思い出すだに甘酸っぱいんだな。とてもいとおしい人、もしくは生き別れた自分の娘(居たらの話だが)と再会できたような。余談になるけれどもその娘は三年ほど前に日本にやってきてね。やはり二月で自分は月末まで出張だった。やきもきしながらも帰国早々に飛んで行ったよ。そしたらその娘をプリントした垂れ幕が銀座からブリジストン美術館のある八重洲までずらりと街路灯に掛かっていてね。自分たちに逢うためにはるばる来てくれたんだと本気で思ったよ。馬鹿だよね。 かつて川越高校美術部に在籍し、貴君らと共に芸術家を夢見て?絵筆を握っていた頃、都内での展覧会にもよく足を運んだけれども、いつも構えて作品と相対峙していて、見終わったらいつもへとへとに疲れてね。今頃になって、もっと楽にして、絵を通して自分と対話でもしておけばよかったろうにとつくづく思うよ。自らの作品もそうだね。あの頃、自分はいったい何を描こうとしていたんだろう。 そういえば卒業以来一度も絵筆を取っていないな。気がつけばどっぷりサラリーマン人生だね。おおっ、無性に何か描いてみたくなってきたぞ。 ところで岩崎先生、私は、芸術家に、なるべきでしょうか?
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| 返信 IWASAKI |
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ただいま三月某日の午前一時半。近所のコンビニから戻ったところだけど、帰り道で大きなクシャミをひとつした。きっと鼻孔に付着した小さな花粉のせいだね。 ロンドンにいる教え子が年に一度くらいは日本に戻ってくるわけ。そのたびに訪ねてくれるので、先日はそれを口実にして懐かしい店をのぞいてみた。上野のガード下の居酒屋。仲間たちとその二階に陣取って、モツの煮込みと二合徳利でワイワイやっていたのは学生の頃だったね。四半世紀ぶりの座敷で、サンマの塩焼きのはらわたのところを嘗めてみたら、やっぱり苦くてしょっぱかったよ。 強烈によみがえってきた記憶は、かつてその畳の上で乱闘騒ぎを起したことだった。巻き込まれた感じもあったけど、こちらも応戦しているわけだから、エネルギーを持て余していたのは確かだね。店を荒らされて頭にきた板さんが、「てめえら、ただじゃおかねえ」とかいいながら追いかけてきたよ。手に何か持ってるみたいなので、敵も味方もアメ横を全力疾走だった。必死で走っているのに、どういうわけか高揚感みたいなものまでがあったな。 若さとはなんだろう、とか考えた。お酌をしてくれた教え子の彼女は世界中を歩いていて、異国をさすらう日本の若者たちともよく出会うのだそうだ。「みんないい子たちで、ナイーヴですよ」といっていた。進路変更、つまり学校をやめたという経歴の持ち主も多いとか。日本に居場所がないのかもしれないね。そういった彼らも、「アーティストならいけるかも?」なんて思うのだろうか。せめてこの両足の上だけでもいいから自分の居場所を確保したい。そういうことだったらわかるけど。 バーンスタインの言葉をストレートに解釈すれば、「迷っているような奴に見込みはない」ってことだよね。その通りだと思うよ。自分のまわりを見渡しても創作にかかわる人たちは皆同じ。気がつけばその道にはまり込んで、ただ夢中になって走っている(か、歩きつづけていいる)だけだ。成功する、しないや、運、不運は結果としてあるけど、それは計算できるものじゃない。人に聞くより前に、全身でそれに立ち向っているというのが自然な姿だろうね。 その根性焼きの青年のなかにも燻りつづける何かがあるのは想像できる。でも、その正体まではちょっとわからない。もしかして、アーティストではなくエリート・コースを約束されたサラリーマンになれるならそっちの方がいい、というかもしれない。岐路に差しかかっているという意識の度合いがわからないと、伝えるべき言葉だって思い浮かばないよね。だから君がバーンスタインの言葉を引用したのは正解だったと思う。鋭い言葉は記憶に残るだろうし、その厳しさのなかには「出直して来い」くらいの優しさはあるような気がするしね。 それにしても惜しいことをしたものだよ、その若者は。はるか彼方、地球の裏側で出会って人生相談をもちかけた相手がどんな人なのかを知ったら、どれほど勇気づけられたことか。まあ、勇気は湧かなくても楽しめたことは確実だね。いずれその彼が読むかもしれないから、この心優しきおじさんのことでも少し書いておこうか。 ――じつはこのおじさん、根性焼きこそしなかったが、その昔「手裏剣同好会」を名乗る少年だった。牛乳瓶の蓋(紙製)を人差し指と中指で挟み、手首のスナップをきかせた高速回転で飛ばし、的を狙ったり変化球を投げてみたりと、当時の小学生でも呆れるような素朴な遊びに熱中する高校生。 それでもって、調子づいたあるときには木炭デッサン用のカルトン(縦横それぞれ数十センチ)を宙に舞わせ、本意ならずも美術室安置のトルソ石膏像を木っ端微塵に打ち砕くようなけしからん奴でもあった。しかもその発覚を恐れ、半泣き状態ながらも、市販の石膏を練り、散乱した破片を継ぎ合わせて瞬く間に復元してしまうなど、時として恐るべき生命力を見せつける。 だがこの事件以来、少年の興味の対象は主に自転車改造と古物蒐集へと移行していくことになる。その二つの嗜好を融合することのできた放課後には、いずれの市中からか拾集した古壜、瓶等を荷台に括りつけ、意気揚々と校門を通過する姿が幾度となく目撃されている。「どう?いいでしょう!」などと同意を求められた同級生たちのなかに、これを受容する眼力をもつ者少なく、しかし、その天衣無縫とも映る存在感に畏敬の念を抱く者はひたすら増え続けた。ひとり遊びから創造の源へ。 この少年長ずるに及び、危うく入社試験から締め出されかかるも、泣く子も微笑む玩具メーカーへの潜入に成功。そしてまもなく、今では世界で累計三億個を売上げようという超ロングセラー、あの変身ロボット(商品名はやめておこう)のシリーズを世に送り出すこととなるプロジェクトの、日本側チームリーダーに抜擢されようとは。ここに造形の神の恩寵、まさに顕現と相成る。……なんか講談みたいな展開だな。 とにかく効率の悪いものなんだな、たぶん若さというのは。頑張れよと口にするのは簡単だけど、宝探しはひとりでするものだからね。それと君自身からのQについて。「芸術家になるべきか」なんてオレに聞かれたって困る。その昔、「芸術」と「遊び」とのあいだに境界はないと教えてくれたのはその君なんだから。 花粉のせいかな。ボーッとしながらここまで書いてしまった。前頭葉のあたりがじわっと疼く感じは、やっぱり花粉だよね。気がついたら夜も明けていたりする。ところで、この返信はいったい地球上のどこで読むの?
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